林芳太郎
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京都府出身。1909年(明治42年)5月、陸軍士官学校(21期)を卒業。同年12月、歩兵少尉任官。
1936年(昭和11年)8月、歩兵大佐に昇進し第10師団司令部付(第六高等学校配属将校)となる。1937年(昭和12年)12月、第17碇泊場司令官に就任し、1938年(昭和13年)7月、歩兵第37連隊長に異動。
1939年(昭和14年)8月、陸軍少将に進級し東京陸軍幼年学校付となる。1940年(昭和15年)3月、大阪陸軍幼年学校長に就任し、1941年(昭和16年)3月、北支那方面軍隷下の独立混成第7旅団長となり日中戦争に出征した。
1942年(昭和17年)8月、陸軍中将に進み第110師団長に親補され、引き続き中国の諸作戦に従軍。1944年(昭和19年)7月、近衛第3師団長に親補された。1945年(昭和20年)5月、東部軍管区付となり終戦を迎えた。