柘植章子 From Wikipedia, the free encyclopedia 出生名 柘植 章子別名 つげ あき子生誕 (1949-10-06) 1949年10月6日(75歳)出身地 日本・宮城県仙台市柘植 章子出生名 柘植 章子別名 つげ あき子生誕 (1949-10-06) 1949年10月6日(75歳)出身地 日本・宮城県仙台市ジャンル フォークソング職業 シンガーソングライター担当楽器 フォーク・ギター活動期間 1970年-1975年レーベル ビクターレコード日本コロムビア / BLOW UP事務所 ミュージカルステーション[1]テンプレートを表示 柘植 章子(つげ あきこ、1949年10月6日 - )は、日本の女性シンガーソングライター。 宮城県仙台市に生まれる。 ギターの基礎をしっかり身につけ[1]、1970年に上京、美術学校に通いながら、ラジオ番組のアシスタントなどをしつつ[2]、歌・作曲の勉強にはげんでいた[1]。 本名の柘植章子名義で1972年8月に、シングル「さよなら」、10月にアルバム「さよなら」でデビュー。 しばらくして、1975年につげあき子名義で、シングル1枚、アルバム1枚を発表し、以降は目立った活動はしていない。 人物 デビュー当初のコメント 「私の歌はフォークというより、いろんな音楽をミックスした”ふぉーく”かな[3]」「コピーはいやだし、どこまでも私の歌。どこまで聴く人のフィーリングに共鳴できるかを考えている。それにうた心みたいなものを[3]」 生き方として、高石ともやに共感を覚えていると語る[3]。 ディスコグラフィ 柘植章子名義 ※ すべてビクターレコードより発売。 シングル 発売日 規格 規格品番 面 タイトル 作詞 作曲 編曲 1972年8月25日 EP GAM-2 A さよなら 相沢靖子 柘植章子 山木幸三郎 B ひいふうみい 江口大行 岩沢幸矢 矢野誠 1973年2月25日 EP SF-44 A ひとりぼっちの砂漠 柘植章子 山木幸三郎 B 宮参り アルバム オリジナル・アルバム アルバム情報 面 No. タイトル 作詞 作曲 編曲 さよなら SAYONARA1972年10月GAM-1003 A面 1 雨のち晴 柘植章子 山木幸三郎 2 インスピレーション ボブ佐久間 3 さよなら 相沢靖子 柘植章子 山木幸三郎 4 B.C. 石川鷹彦 5 ひいふうみい 江口大行 岩沢幸矢 矢野誠 6 違う世界 柘植章子 山木幸三郎 B面 1 私と秋とタバコ 吉田拓郎 石川鷹彦 2 ゆらゆらと 柘植章子 3 そして 山木幸三郎 4 一瞬 石川鷹彦 5 今日この頃 山木幸三郎 6 この街をでよう 石川鷹彦 オムニバス・アルバム 喫茶ロック ~夕暮れにさようなら~ビクター編(2002年06月26日)-「一瞬」収録。 つげあき子名義 ※ すべて日本コロムビア / BLOW UPより発売。 シングル 発売日 規格 規格品番 面 タイトル 作詞 作曲 編曲 1975年11月 EP CD-260 A 赤い花 名嘉元英麿 押領司英 中村弘明 B いきませんか つげあきこ 補)すずきけんいち つげあきこ ラスト・ショー アルバム アルバム情報 面 No. タイトル 作詞 作曲 編曲 ハロー・ミッキー!1975年11月CD-7154 A面 1 ハロー・ミッキー! 名嘉元英麿 押領司英 2 君想うボク つげあき子 山田秀俊中村弘明 3 妹 つげあき子 4 内気なボク つげあき子 ラスト・ショー 5 時は走りすぎても つげあき子 6 いきませんか つげあき子補)すずきけんいち つげあき子 ラスト・ショー B面 1 赤い花 名嘉元英麿 押領司英中村弘明 2 午前二時の呪い唄 つげあき子 山田秀俊 3 ピラニア つげあき子 4 カラカラ砂漠 つげあき子 5 グッドナイト・ミッキー 名嘉元英麿 つげあき子 楽曲提供 内藤やす子 アルバム「ないないづくし」(1976年)・・・「ぬけがら」(作曲:つげあき子名義) 脚注 注釈 出典 1 2 3 「週刊明星」1972年10月8日号。 ↑ アルバム「さよなら」ライナーノーツより。 1 2 3 「新譜ジャーナル」1972年9月号。 典拠管理データベース: 芸術家 MusicBrainz この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:音楽)。表示編集 Related Articles