柳井オートレース場
日本の山口県玖珂郡柳井町(現在の山口県柳井市)にあったオートレース場
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概要
特徴
初開催
苦労の末初開催にこぎつけたものの、売上は大きく低迷する結果となった。
その後、懸案であった走路の幅員を拡大する改修工事が行われたが、工事は難航を極めた。着工から完了までに4ヶ月を費やし、結局第2回開催は1952年(昭和27年)の4月までずれ込んだ。しかも、膨大な期間と工費を注ぎ込んで改修したにもかかわらず、売り上げは初開催とほとんど変わらなかった。
廃止
1953年(昭和28年)5月に第3回開催が行われたが、それでも売り上げは好転しなかった。
柳井オートレース場はそもそも所属選手が少なく、また、当時は積極的に遠征が行われていなかったため、本来6枠で行われるレースの枠数を削減するなど[1]、売り上げを良化させる材料がほとんどなかった。
その後、最低限の経営状態で運営を続けていたが、1955年(昭和30年)9月、台風22号が直撃。近隣の川が決壊し、その水がオートレース場内にまで流れ込み走路は水没。更に、強烈な暴風によりスタンドが全壊した。
復旧作業で翌1956年(昭和31年)1月にようやく再開の目途が立った。しかし、その後の開催では売り上げが更に落ち込み、赤字の回復にまでは至らなかった。
そして1957年(昭和32年)10月に柳井オートレース場は休止となり、以降も開催されず、そのまま閉鎖した。