柳承辰
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| 柳 承辰 | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| ハングル: | 유 승진 |
| 漢字: | 柳 承辰 |
| 発音: | ユスンジン |
| ローマ字: | Yoo Seung-Jin |
高校時代より韓国代表で活躍し、1986年アジア競技大会での優勝に貢献、1988年ソウルオリンピック(10位)、1996年アトランタオリンピック(5位)韓国代表として出場。
中京大学大学院修了後、1991年からホッケー日本リーグの表示灯男子ホッケー部(現在の名古屋フラーテルホッケーチーム)で選手として活躍。1996年には同チーム監督を務めた。
更に1996年から2001年までホッケー男子日本代表コーチ、2006年から2007年まで天理大学女子ホッケー部(天理大学ベアーズ)監督、2006年からホッケー女子日本代表ヘッドコーチ、 2008年からはホッケー日本リーグ女子のコカ・コーラウエストレッドスパークス(現・コカ・コーラレッドスパークス)監督を務めている[1]。2011年に同年現在でアジアで10人弱しかいない国際ホッケー連盟公認コーチライセンスを取得した[2]。
2014年10月、仁川アジア大会などの成績不振を理由に女子チームの代表監督を解任された[3]。2015年2月13日、解任は不当なものとして、ホッケー協会を相手取って解任処分の取り消しを日本スポーツ仲裁機構に訴えた[3]。5月7日、仲裁機構は解任について「理事会の承認を経ておらず、手続き上問題があった」として取り消しを認めた[4]。15日、協会があらためて理事会において解任を決定[5][6]。これを受け、「解任理由が不当である」としてふたたび解任処分の取り消しを求めたが、仲裁機構は協会の裁量権を認め、申し立てを棄却した[7][8]。