柳瀬尚紀

From Wikipedia, the free encyclopedia

柳瀬 尚紀(やなせ なおき、1943年3月2日 - 2016年7月30日[1])は、日本英文学者翻訳家随筆家

語呂合わせなどの言葉遊びを駆使した独自の文体で『フィネガンズ・ウェイク』などの翻訳を行った。「悪訳」をするとみなした翻訳家に対しては痛烈な批判を行った。

ジョイスの翻訳

北海道根室市出身。1965年早稲田大学第一文学部卒業、1967年大学院文学研究科修士課程卒業、1970年大学院文学研究科博士課程満期終了退学。1977年成城大学助教授1991年に辞職。

1976年エリカ・ジョング『飛ぶのが怖い』の訳書がベストセラーとなり、「飛んでる女」が流行語となる。その後もジョング作品の翻訳を続けている。コレット・ダウリングシンデレラ・コンプレックス』の訳はロングセラーとなった。

ルイス・キャロルの翻訳も多く、高校時代に数学者を志していた[2]ほどで、数学に詳しい。前衛的な文学作品を多数翻訳。英語・国語辞書や翻訳・国語論に関する著作も多い。

趣味の領域を超えた活動も数多く、関連書籍も刊行した。

  • 1981年に、第3回日本雑学大賞を受賞。
  • 1987年には「猫の日制定委員会」を発足させるなど、猫好きである。
  • 将棋ファンであり、将棋に関する著作を米長邦雄羽生善治との共著で数冊出している。
  • 競馬では「中央競馬GI 競走出走馬馬名プロファイル」を開催日に配布されるレーシングプログラムに掲載している。アナグラムの多用が特徴である。また、2008年より使用されている中央競馬の新馬戦の呼称「メイクデビュー」を考案した。

2016年7月30日に肺炎のため死去。73歳没。

大学院時代に鈴木幸夫教授のグループでジェイムズ・ジョイスの翻訳を『早稲田文学』に連載していた[3]

翻訳不可能と言われたジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』を独自の造語を用いて翻訳したことは話題となり、日本翻訳文化賞BABEL国際翻訳大賞日本翻訳大賞を受賞。また、『ジェイムズ・ジョイスの謎を解く』(岩波新書)では『ユリシーズ』12章の語り手がであるという新説を打ち出した。

『ユリシーズ』訳を継続中のまま、2016年7月に逝去。同年12月に『ユリシーズ 1 - 12』(12章まで)が刊行された[4]。2017年7月に刊行された『ユリシーズ航海記 「ユリシーズ」を読むための本』(河出書房新社)には、「ユリシーズ 13 - 18 試訳と構想」という一章に、未刊に終わった第13章から18章の試訳(一部は断章)が掲載された[5]

著書

  • 『ノンセンソロギカ 擬態のテクスチュアリティ』(朝日出版社、エピステーメー叢書) 1978年
  • 『翻訳困りっ話』(白揚社) 1980年、のち河出文庫 1992年
  • 『英語遊び』(講談社現代新書) 1982年、のち河出文庫 1998年
  • 『翻訳からの回路』(白揚社) 1984年、のち改題『翻訳は実践である』(河出文庫) 1997年 
  • 『ズーっとみんななかよしニャンだ』(開隆堂出版) 1985年
  • 『ナンセンス感覚』(講談社現代新書) 1986年、のち河出文庫 1998年
  • 『フィネガン辛航紀 『フィネガンズ・ウェイク』を読むための本』(河出書房新社) 1992年 
  • 『辞書はジョイスフル』(TBSブリタニカ) 1994年、のち新潮文庫 1996年
  • 『ジェイムズ・ジョイスの謎を解く』(岩波新書) 1996年
  • 『G1出走馬馬名読本』(ミデアム出版社) 1998年
  • 広辞苑を読む』(文春新書) 1999年
  • 『翻訳はいかにすべきか』(岩波新書) 2000年
  • 『猫舌流英語練習帖』(平凡社新書) 2001年
  • 『猫舌三昧』(朝日新聞社) 2002年
  • 『猫と馬の居る書斎』(自由国民社) 2003年
  • 『辞書を読む愉楽』(角川選書) 2003年
  • 『言の葉三昧』(朝日新聞社) 2003年
  • 『日本語は天才である』(新潮社) 2007年
  • 『日本語ほど面白いものはない 邑智小学校六年一組特別授業』(新潮社) 2010年
  • 『ユリシーズ航海記 「ユリシーズ」を読むための本』(河出書房新社) 2017年
  • 『ことばと遊び、言葉を学ぶ』(河出書房新社)2018年

共編著

翻訳

脚注

Related Articles

Wikiwand AI