宮川淳
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東京市大森区に生まれる。幼少期には、外交官であった父の赴任に伴って海外と日本を往復した。戦後、東京都立大学付属高校を経て、1955年に東京大学文学部美学美術史学科を卒業した。[1]
1953年から、種村季弘、吉田喜重らと同人誌『望楼』を刊行した。読書会には清水徹、豊崎光一、渡邊守章らも加わり、この時期にアンドレ・ブルトン、モーリス・ブランショ、ジョルジュ・バタイユ、モーリス・メルロー=ポンティ、ロラン・バルト、クロード・レヴィ=ストロース、ジャック・ラカン、ジャック・デリダらの思想や文学を集中的に受容した。こうした経験は、のちの宮川の美術批評や翻訳活動の基盤となった。[2]
大学卒業後の1955年にNHKに就職し、翌1956年ごろから『美術手帖』や『みづゑ』などに寄稿した。1963年には評論「アンフォルメル以後」により第4回芸術評論賞を受賞した。1965年にNHKを退職し、同年4月に成城大学文学部講師となって西洋美術史を担当した。1969年に助教授となり、1971年には東京大学教養学部非常勤講師も務めた。[1]
その一方で、1960年代から1970年代にかけて、美術批評・文学批評・翻訳の各分野で旺盛に活動した。前衛美術、ポップアート、デュシャン、近代絵画、引用やテクストの問題をめぐる論考を発表し、またブルトン、バタイユ、イヴ・ボヌフォワらの翻訳にも携わった。[1]
批評活動
反芸術論争

宮川は、1964年の『美術手帖』4月号から7月号にかけて、東野芳明とのあいだで「反芸術論争」を展開した。この論争は、同年の公開討論会「“反芸術”是か非か」を踏まえつつ、「反芸術」という概念をどのように理解すべきかをめぐって交わされたもので、1960年代日本美術批評の代表的論争の一つとされる。[3][4]
発端となったのは、宮川が『美術手帖』1964年4月号に発表した「反芸術—その日常性への下降」であった。宮川はそこで、東野が反芸術を戦後抽象絵画の果てに現れたものとみなす議論は、抽象と具象の二元論にとどまっていると批判し、反芸術の核心は「日常性への下降」によって表現の条件そのものが問い直される点にあると主張した。宮川にとって反芸術は、単なる挑発や否定ではなく、現代における表現の様式的具体性を示すものだった。[5][3][4][6]
これに対し東野は、『美術手帖』1964年5月号の「異説・『反芸術』—宮川淳以後」で反論し、反芸術は表現過程の自立の延長にあるのではなく、その自立そのものを掘り崩し、変質させる契機を含むものだと述べた。さらに東野は、マルセル・デュシャンの沈黙と不制作に、反芸術の根底的な姿を見ようとした。[3][4]
宮川は続く6月号「“永遠の可能性”から不可能性の可能性へ」で再応答し、問題は表現内容ではなく、表現行為とそれを支える表現概念の構造にあるとした。そして、反芸術はあくまで歴史的に限定された様式概念であり、デュシャンとの関係のなかで語られるべきであって、デュシャンの内部に永遠化されるべきではないと論じた。最後に東野が7月号「デュシャン『グリーン・ボックス』断想3—論争にかえて」で応答し、論争は両者の立場の違いを明確にしたまま終結した。[3][4]
この論争は、宮川の批評活動の中核をなす仕事の一つとみなされている。宮川の「日常性への下降」は、反芸術に対する同時代の最も明快な解釈の一つと評価される一方、東野との論争を通じて、1960年代日本美術における前衛芸術の自己理解と批評の方法をめぐる対立を鮮明に示した。[5][3]
主な著書
- ※大半は没後刊の新版
- 『鏡・空間・イマージュ』(美術出版社、美術選書) 1967、白馬書房 1987
- 『現代芸術入門 未来を創る芸術家たち』(草森紳一・重森弘淹ほか共著、彌生書房) 1970
- 『紙片と眼差とのあいだに』(小沢書店、叢書エパーヴ) 1974、水声社 2002
- 『引用の織物』(筑摩書房) 1975、新版 1980
- 『どこにもない都市 どこにもない書物』(清水徹共著、小沢書店、叢書エパーヴ) 1977、水声社 2002
- 『美術史とその言説(ディスクール)』(中央公論社) 1978、水声社 2002
- 『宮川淳著作集』全3巻(美術出版社) 1980 - 1981、新装版 1999
- 『宮川淳 絵画とその影』(建畠晢編、みすず書房、大人の本棚) 2007
解説
翻訳
- 『文字をめぐる愛とよろこび』(ベン・シャーン、美術出版社) 1964
- 『18世紀フランス織物 - リシュリュー・コレクション』(ロジェ=アルマン・ヴェイジェール、美術出版社) 1964
- 『ボンヌフォア詩集』(イヴ・ボヌフォワ、思潮社) 1965
- 『われわれは明日どこに住むか』(ミシェル・ラゴン、美術出版社、美術選書) 1965
- 「アルベルト・ジャコメッティのアトリエ」(ジャン・ジュネ、新潮社、ジャン・ジュネ全集3) 1967
- 『秘法十七番』(アンドレ・ブルトン、晶文社、晶文選書) 1967
- 『ポップ・アート』(ルーシー・リパード、紀伊國屋書店) 1967
- 『ブラック / レジェ』(座右宝刊行会編、河出書房新社、世界美術全集18) 1968
- 『カフカ』(マルト・ロベール(Marthe Robert)、晶文社、晶文選書) 1969
- 『アンリ・マチス』(平凡社、ファブリ世界名画集45) 1969
- 『ポール・シニャック』(平凡社、ファブリ世界名画集91) 1972
- 『沈黙の絵画:マネ論』(ジョルジュ・バタイユ、二見書房、ジョルジュ・バタイユ著作集10) 1972
- 『ディアーナの水浴』(ピエール・クロソフスキー、豊崎光一共訳、美術出版社) 1974、のち書肆風の薔薇 1988、のち水声社 2002
- 『フランスにおける象徴主義』(レナート・バリルリ(Renato Barilli)、平凡社、現代の絵画6) 1974
- 『ピカソ 生と創造の冒険者』(平凡社) 1974
- 『ピカソとキュビスム』(アルベルト・マルティーニ(Alberto Martini)、平凡社、現代の絵画14) 1974
- 『マン・レイ』(サラーヌ・アレクサンドリアン(Sarane Alexandrian)、河出書房新社、叢書シュルレアリスムと画家) 1975、のち増補新版 2006
- 『シュルレアリスムの世界』(エンリコ・クルスポルティ(Enrico Crispolti)、瀧口修造共訳、平凡社、現代の絵画17) 1975
- 『ルドン / ルソー』(座右宝刊行会編、集英社、現代世界美術全集10) 1976
- 『マルセル・デュシャン論』(オクタビオ・パス、柳瀬尚紀共訳、書肆風の薔薇) 1991