柴田賢一

From Wikipedia, the free encyclopedia

柴田 賢一(しばた けんいち、1902年 - 1982年)は、日本文筆家翻訳家

福岡県芥屋生まれ。1929年東京帝国大学文学部美学科卒業[1]。在学中から新聞に小説を寄稿したほか、鈴木三重吉の『赤い鳥』に童話を発表するなど執筆活動を行った。

大学卒業後、誠文堂新光社に入社、『世界地理風俗大系』の編集を担当し、『世界知識』の発刊に伴い編集長となる。

1942年、海軍報道班員としてシンガポールビルマフランス領インドシナと、アジア各国の前線をめぐり、海外諸国の政策についての論文を多数翻訳し紹介した[2]

戦後は志摩 達夫名義で青少年向けの作品を執筆した。

著書

翻訳

脚注

Related Articles

Wikiwand AI