柵造

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柵造(きのみやつこ、さくぞう)は、7世紀の日本で辺境に置かれた城柵を治めた地方官である。658年に高志国(越国)の2柵にあったことが知られるのみで、存続期間、実像ははっきりしない。

日本書紀』の斉明天皇4年(658年)7月4日、阿倍比羅夫遠征に対する功賞で、複数の柵造が見える。これが柵造に関する史料である。この記事によれば、 都岐沙羅柵造に位2階、判官に位1階、渟足柵造の大伴君稲積小乙下の位が授けられた[1]

学説

脚注

参考文献

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