栃木県護国神社
栃木県宇都宮市にある神社
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歴史
明治5年(1872年)、戊辰戦争に殉じた宇都宮藩藩主戸田忠恕および藩士96柱の合計97柱を宇都宮市馬場町字表尾山に祀った宇都宮招魂社が起源である[1]。以降、栃木県出身の戦没者、殉職警察官、殉職消防士らの殉死者を合祀している。昭和14年(1939年)、内務省令により内務大臣指定護国神社となり、栃木県護国神社と改称し、翌年の昭和15年(1940年)には現在地に遷座し、殉職自衛官の殉死者も合祀している。
昭和22年(1947年)に彰徳神社と改称したが占領軍が去った昭和28年(1953年)に栃木県護国神社と改復称した[1]。
平成8年(1996年)7月25日には天皇のたっての希望により、天皇・皇后が境内敷地入口にある大鳥居から本殿までを自ら歩き、公式に親拝している。
平成22年(2010年)3月18日、シイの巨木の移植が行われた[2]。当社が昭和15年に現在地に遷座した際に境内南側の敷地に植えられたもので、県道70号線の拡張工事のために伐採される予定であったが、保存を望む声が高まり大鳥居の左側に移植されることになった[2]。
平成22年4月11日、第39回元満州開拓青年義勇隊慰霊祭が境内の慰霊碑前で行われた[3]。昭和47年(1972年)から元満州開拓義勇隊県同志会の主催により毎年行われてきたが会員の高齢化により継続が難しくなっていた[3]。翌年以降は毎年4月に自由参拝の形式で行われることになった[3]。
平成22年8月14日、大東亜戦争末期に爆弾を積んだ飛行機や人間魚雷「回天」などで敵艦突入を命じられ特攻に出撃して戦死した20歳前後の特攻隊員たちを慰霊し語り継ごうと境内に顕彰碑「特攻勇士の像」が建立された[4]。
