栗原君子 From Wikipedia, the free encyclopedia 生年月日 (1946-01-13) 1946年1月13日(79歳)出生地 広島県安芸郡熊野町出身校 安田女子高等学校現職 党顧問 日本の政治家栗原君子くりはら きみこ生年月日 (1946-01-13) 1946年1月13日(79歳)出生地 広島県安芸郡熊野町出身校 安田女子高等学校現職 党顧問所属政党 (日本社会党→)新社会党 参議院議員選挙区 広島県選挙区当選回数 1回在任期間 1992年7月26日 - 1998年7月25日 熊野町議会議員当選回数 5回在任期間 1975年 - 1992年テンプレートを表示 栗原 君子(くりはら きみこ、1946年1月13日 - )は、日本の市民運動家、政治家。参議院議員(1期)、新社会党中央執行委員会委員長を歴任した。 広島県出身。安田女子高等学校卒業[1]。20代の頃は反核運動・平和運動に参加するかたわら、新聞や牛乳の配達および、地元名産の熊野筆づくりの内職に従事していた[2]。保育園増設を要望するための署名運動をきっかけに地方政治に関わるようになり[2]、1975年4月から1992年まで、熊野町議会議員を5期務めた[1]。 1992年の第16回参議院議員通常選挙において、政治団体「護憲・ヒロシマの会」公認、日本社会党推薦で地元の広島県選挙区に立候補。「連合の会」公認の現職議員らを破り初当選。当選後は日本社会党に所属した。非武装中立や自衛隊違憲論などの社会党の伝統的な政策を重視し、1993年に社会党が非自民・非共産連立政権への参加で自衛隊容認に転じたことを党内から批判した。1994年の政治改革関連法案では、与党議員でありながら反対票を投じた。 1995年、社会党の村山富市委員長が自民党・新党さきがけとの連立で内閣総理大臣に就任し、自衛隊合憲や日米安全保障条約の堅持を打ち出すと激しく反発した。同党がこの方針を綱領とした新党への改組を検討すると、栗原は左派の矢田部理に同調して新党参加を拒否し、1996年1月、村山による社会民主党(社民党)結成に先立って、矢田部や同じ広島県出身の小森龍邦などとともに新社会党を結成した。 栗原にとって新社会党への参加は政治信念に基づいた結果であったが、社会党時代に支援を受けた連合系労働組合が離反したのは大きな痛手となった。1998年の第18回参議院議員通常選挙では新社会党の公認候補者として広島県選挙区から出馬したが落選。この選挙では栗原とともに委員長の矢田部および山口哲夫も落選し、同党は国会における議席をすべて失った。栗原は2001年の第19回参議院議員通常選挙でも同じく広島県選挙区から立候補し、ふたたび落選した。 その後は市民運動に関わるかたわら、新社会党の副書記長、書記長、副委員長を経て、2005年に小森の後任として同党の第3代委員長に就任した。同党初の女性委員長で、党勢の衰退に歯止めを掛ける役割を期待され、国会議席回復が厳しいなか、日本国憲法の擁護(護憲)や自衛隊の海外派遣反対などで社民党、日本共産党、各種市民団体などとの連携を模索した。 2007年の第21回参議院議員通常選挙に際し、新社会党単独での参議院比例区における候補擁立が困難であったため、栗原は共産党や社民党に対し共同名簿団体設立を呼びかけ、その公認候補としての出馬を希望していた。しかし、共産・社民両党とも比例区は単独で候補を擁立するよう動いており、新社会党との共同名簿作成を拒否したため、みどりのテーブル関係者などとともに確認団体「9条ネット」を立ち上げ、その比例区候補となることとなった。7月29日投開票の結果、栗原自身の個人得票は17,884票、9条ネット全体の得票は273,745票に留まり、栗原を含め全員が落選した[3]。2011年7月に委員長を退任した。 脚注 1 2 栗原きみ子の「変えるな9条!」 - 2007年の参院選出馬に際して開設されたブログ。2007年7月を最後に更新停止。 1 2 宮崎園子『案里容疑者の街頭演説に「まあ失礼」 先輩議員に会った』 朝日新聞、2020年7月5日 ↑ “比例代表 9条ネット:開票結果:参院選2007”. YOMIURI ONLINE (読売新聞). https://web.archive.org/web/20080208181020/http://www.yomiuri.co.jp/election/sangiin2007/kaihyou/yb00066.htm 2013年2月17日閲覧。 関連項目 9条ネット 先代小森龍邦 新社会党委員長3代:2005年 - 2011年 次代松枝佳宏 表話編歴 広島県選挙区選出参議院議員(1947年 - ) 第1回(定数4) 佐々木鹿蔵↓ 山下義信 楠瀬常猪↑ 3年議員 山田節男 岩本月洲 偶数回定数2 第2回 山田節男 仁田竹一 第4回 永野護 山田節男 第6回 岩沢忠恭↓ 松本賢一 中津井真↑ 第8回 中津井真 松本賢一 第10回 永野嚴雄 浜本万三 第12回 永野嚴雄↓ 小西博行 宮澤弘↑ 第14回 宮澤弘 小西博行 第16回 宮澤弘 栗原君子 第18回 亀井郁夫 柳田稔 第20回 柳田稔 亀井郁夫 第22回 宮澤洋一 柳田稔 第24回 宮澤洋一 柳田稔 第26回 宮澤洋一 三上絵里 奇数回定数2 第3回 山下義信 宮澤喜一 第5回 宮澤喜一 藤田進 第7回 藤田正明 藤田進 第9回 藤田正明 藤田進 第11回 藤田正明 藤田進 第13回 藤田正明 浜本万三 第15回 浜本万三 藤田雄山↓ 溝手顕正↑ 第17回 溝手顕正 菅川健二 第19回 柏村武昭 溝手顕正 第21回 佐藤公治 溝手顕正 第23回 溝手顕正 森本真治 第25回 森本真治 河井案里† 宮口治子↑ †:当選無効、↓:途中辞職、失職、在職中死去など、↑:補欠選挙で当選。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。表示編集 Related Articles