根津千治

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根津 千治(ねず せんじ、1877年9月[1] - ?)は日本数学者、大学講師。雑誌「數學研究」「數學倶樂部」の刊行などを行った[2][3]明治大学講師理学士[4]。また、中央大学錦城中学校教授[5]

新潟県平民に生まれ、1898年に第一高等学校第二部理科を卒業した[6]。第一高等学校では、水泳部だった[7]。1901年、東京帝国大学理科大学数学科を卒業し[8]、東京帝国大学大学院で理学士として代数学を専攻した[9]。一学年上に刈屋他人次郎がいた[10]

1902年頃、京都帝国大学で、理工大学の講師を嘱託された[11]。1908年頃、教員免許を獲得[12]。1911年、(同級生であった)福原統五郎の記念で、有志の理学士を代表し理科大学にクリストッフェルの論文を2冊送った[13]

1950年の時点で故人[14]

主な著作

関連項目

出典

参考文献

外部リンク

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