梶原晃
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| アースフレンズBM東京・神奈川 | |||||||||
| 役職 | 監督代行 | ||||||||
| 所属リーグ |
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| 基本情報 | |||||||||
| 愛称 | カジカジ、カジラ | ||||||||
| 国 |
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| 出身地 | 愛知県名古屋市 | ||||||||
| 生年月日 | 1983年7月15日(42歳) | ||||||||
| 利き腕 | 右 | ||||||||
| 出身 |
愛知県立名古屋南高等学校 名城大学 | ||||||||
| ポジション | LW、CB | ||||||||
| 所属クラブ | |||||||||
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| 監督歴 | |||||||||
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梶原 晃(かじはら あきら、1983年7月15日 - )は、愛知県名古屋市出身の元ハンドボール選手、指導者。現在は日本ハンドボールリーグ(リーグH)のアースフレンズBM東京・神奈川で監督代行を務めている。
名城大学時代は部活に所属せず、クラブチームのレッド・スコーピオンに所属[1]。
大学卒業後にドイツへ渡り、EHFカップ優勝チームのHSGノルトホルンの練習に参加。その後スパルタ・ミュンスターへ加入[1]。
2008年にブンデスリーガのTVエムスデッテンへ移籍。リザーブチームで3シーズン連続得点王と活躍し、2013年にトップチームへ昇格[2]。
2016年1月に現役を引退。三重バイオレットアイリス(MVI)のビジネスマネージャーに就任した[3]。2017年からGM代行を兼任[2]。
2018年、日本代表活動で不在となった櫛田亮介の代役として国民体育大会や日本ハンドボール選手権大会で監督を務める[2]。
2019年4月にMVIの監督に就任[2]。同シーズン限りで監督を退任し、GMに就任した[4]。
2022年5月、日本ハンドボールリーグに代わる新リーグの制度設計検討委員会の委員長に就任[5]。
2024年5月末でMVIのGMを退任し、9月に株式会社GWC(アースフレンズ東京Z、アースフレンズBMの運営会社)へ入社。
2025年8月、アースフレンズBM東京・神奈川の新監督として指揮を執る予定だった森永浩壽が双方合意の上で退任し、後任の監督が決定するまで梶原が監督代行を務めることとなった[6]。