埼玉県出身。埼玉県立坂戸高等学校、中央大学文学部卒業[1]。
花田紀凱に右翼少女と命名された人物であった。大学時代より『諸君!』『正論』『SAPIO』などを愛読して、自らを右翼少女として醸造してきたとする。理論というのは武装かそれに近い形でまとってきたものの、このことを友人に喧伝するということは無かった。花田紀凱が主宰していたマスコミの教室に通っていたのだが、その受講生のほとんどは右よりではなく、メディア関係の仕事に就きたいという人であった。『Will』の読者でもあったことから、素人としての記事が掲載されたこともあった[2]。
2005年から約13年間は「月刊WiLL」と「月刊Hanada」で編集者、ライターを行なう。携帯電話には旭日旗のシールを貼っていたことから編集部では最右翼と言われていた。仕事は激務であったが、毎日が文化祭のようで楽しく、安倍晋三のような保守の大物とも直接会えて、天職であると思っていた[3]。
自らの雑誌の編集者であったときのことを『「“右翼”雑誌」の舞台裏』という書籍として出版している。宇野重規はこの書籍を面白く、右と左を越えて対話を実現させようとする努力が伝わってきたと評している[4]。