梶山和洋 From Wikipedia, the free encyclopedia 国籍 日本出身地 岡山県倉敷市生年月日 (1987-05-12) 1987年5月12日(38歳)梶山 和洋岡山県立倉敷商業高等学校硬式野球部 監督基本情報国籍 日本出身地 岡山県倉敷市生年月日 (1987-05-12) 1987年5月12日(38歳)選手情報経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) 選手歴 岡山県立倉敷商業高等学校 松山大学 監督・コーチ歴 岡山県立倉敷商業高等学校 岡山県立岡山御津高等学校 玉野市立玉野商業高等学校 岡山県立倉敷商業高等学校 この表について この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。 ■プロジェクト:野球選手 ■テンプレート 梶山 和洋(かじやま かずひろ、1987年5月12日 - )は、岡山県倉敷市出身の日本の高校野球指導者[1]。 倉敷商業高校時代は、主将を務めるも2005年夏は岡山県大会で3回戦敗退[1]。 高校卒業後は松山大学に進学し、野球を継続しながら教員免許を取得[1]。 大学卒業後の2010年から母校の倉敷商業高校の講師を務め、岡山県内の岡山御津高校、市立玉野商業高校等でも教鞭を執り、野球の指導にあたる[1]。 2017年に教員、野球部コーチとして再度倉敷商業高校に赴任[1]。2019年夏からは前監督森光淳郎氏の後任として32歳にして監督に就任[1]。その年の秋の中国大会において同校初の優勝をし、第50回明治神宮野球大会に出場[2]。翌2020年春開催の第92回選抜高等学校野球大会出場を決める[3]も、新型コロナウイルスの大流行により同大会が中止となり、同年夏開催の代替大会・2020年甲子園高校野球交流試合に出場、仙台育英6-1xで破った。翌2021年夏の岡山県大会で優勝し、9年ぶり11度目の選手権大会出場を決め、第103回全国高等学校野球選手権大会に出場[4]したが、惜しくも智弁学園に10-3で破られる。 2023年には「心✕技✕体✕頭=倉商野球」を出版している。 著書 心×技×体×頭=倉商野球(2023年・竹書房) 脚注 1 2 3 4 5 6 “梶山和洋プロフィール”. HMV&BOOKSONLINE. 2024年12月4日閲覧。 ↑ “倉敷商が鳥取城北を下して初優勝/秋季中国大会”. サンスポ. (2019年11月3日). https://www.sanspo.com/article/20191103-LBIM6ZCIOVPYPPFKMAY4OTNJGE/ 2024年12月4日閲覧。 ↑ “祝!倉敷商業高等学校野球部「第92回選抜高等学校野球大会」出場!”. 倉敷市スポーツ情報サイト. (2020年2月28日). https://www.k-sports.or.jp/topics/2020/02/30163/ 2024年12月4日閲覧。 ↑ “倉敷商 一丸で9回サヨナラ!9年ぶり11度目の夏の甲子園切符 号泣の梶山監督「執念で逆転できた」”. スポニチアネックス. (2021年7月26日). https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2021/07/26/kiji/20210726s00001002082000c.html 2024年12月4日閲覧。 典拠管理データベース 全般VIAF国立図書館日本 Related Articles