梶田孝道
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民族の移動、民族意識の変化、地域統合の問題などの分析・理論化の研究を行っていた。
1997年に桜美林大学助教授の李光一から、李の論文「エスニシティと現代社会-政治社会学的アプローチの試み-」『思想』(岩波書店一九八五年四月号(昭和六〇年四月五日発行)について、著作権及び著作者人格権の侵害があるとして損害賠償請求訴訟を提起されたが、勝訴した[1]。しかし、梶田孝道の「剽窃・盗用」疑惑はこれにとどまらず複数あることが大学院生などの内部告発により明らかとなり、本訴訟と並行して道義的責任や研究姿勢をめぐり一橋大学社会学部において査問委員会が設置された。梶田の一連の著作が対象とされる該当論文等と詳細に比較、検討された。社会学部教授会は、査問委員会の報告を受け、梶田に対し(「黒でなくても白ではない」という表現で)責任があることを認め、今後十分注意して研究活動をするよう勧告した。尚、李論文からの盗用の疑いがもたれた『エスニシティと社会変動』、および大学院生の修士論文の一部を盗用したとされた『統合と分裂のヨーロッパ―EC・国家・民族』 (岩波新書)は、この「事件」以後、各出版社の独自の判断により、再版されていない。
2006年一橋大学教授在職中に死去。
梶田ゼミナール出身者には坂井一成(元神戸大学教授)、小ヶ谷千穂(フェリス女学院大学教授)、南川文里(同志社大学教授)、村中璃子(ジャーナリスト、医師)などがいる。