梶野竜太郎
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当初はハドソンにてゲームクリエイターとして活動。数作品にてプランナー、ディレクターを務めた後に宣伝へ移動、桃太郎事業部(桃太郎伝説・桃太郎電鉄)などに所属した。東京国際ファンタスティック映画祭、600秒フィルムフェスティバルにて、2002年に「植物採集」で、泣き部門入選。2003年には「ロボ子のやり方」で、笑い部門グランプリを受賞。
2003年、映画制作団体3to4cinemasの立ち上げに参加。短編映画の監督としてメガホンを握る。過去に漫寅堂に所属しており、まんとらフリーペーパーの編集長を務めたこともある。現在は、映画監督、脚本として活躍中。パイク・プランニングの代表取締役だったが、タンバリンアーティスツ等の事務所を得て現在フリーで、映画監督、脚本、プランニング・プロデュースとして活躍している。
もともとが宣伝部出身ということもあり、コンセプト、ターゲットを考えたプロモーション含めた上映を企画する。「映画館は遊びに来るものだ」と、言い切り、必ず、イベント盛り沢山な企画を持ってくる。『ピョコタン・プロファイル』ではスタンプカードを作り、1人で30回劇場に足を運ばせたり、『魚介類 山岡マイコ』ではアニメ版も制作し、実写版でも出演した岡本信彦と、自分がプロデュースする初原千絵を共演させた。『こたつと、みかんと、ニャー。』では、グラビアアイドルに百合映画を演じさせることにより話題を呼び、連日の立見満席により延長上映が行われた。[要出典]
『キネマ旬報』でも一部の評論家に評価が高く、『魚介類 山岡マイコ』は年間脚本賞に推された。
また、映画紹介・特撮紹介のTikTokerでもあり、フォロワーは50,000人越え。
現在は映像制作と両立してアイドルグループ “僕らのコミューン”のアソシエイトプロデューサーを受け持っている[1]。