梶野悳三
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新潟県[1][2][3]岩船郡村上町(現在の村上市)生まれ。本名・正義[1][2][3]。幼児期に北海道に移住。1921年に横須賀海兵団に入り、水兵となる[1][3]。海軍三等主計兵曹であった[3]。柔道に励んで四段となる[1]。退団後、柔道知識を生かして梶野千万騎(かじの ちまき)の筆名で「試合もの」の小説を書き始める[1]。1933年、山手樹一郎らと『大衆文学』を創刊[1][3]。長谷川伸の新鷹会に加入後、悳三に改名[1][3]。
1930年代後半から海洋文学、とくに捕鯨船員の生活などを描いた長編を手掛けるようになり、「俺は水兵」「鯨の町」などの作品を発表する[3]。
1946年、自身が少年期を過ごした北海道天塩の鰊漁場を描いた「鰊漁場」(『大衆文芸』1947年6月号)で大衆雑誌懇話会賞を受賞[1][2][3]。1950年「金剛童子」で第24回直木賞候補、1952年「防波堤」で第27回直木賞候補[2]。「鰊漁場」は「ジャコ万と鉄」として1949年に谷口千吉監督、黒澤明、谷口千吉脚色、三船敏郎、月形龍之介主演、1964年にも深作欣二監督、高倉健、丹波哲郎主演で再映画化され、小説も改題された[3]。