森下仁道
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| 名前 | ||||||
| カタカナ | モリシタ ジンドウ | |||||
| ラテン文字 | MORISHITA Jindo | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1995年8月25日(29歳) | |||||
| 出身地 | 岡山県倉敷市 | |||||
| 身長 | 170cm | |||||
| 体重 | 65kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム |
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| ポジション | FW | |||||
| 背番号 | 35 | |||||
| 利き足 | 右 | |||||
| ユース | ||||||
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| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2019 |
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| 2021-2023 |
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| 2023 |
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| 2024- |
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1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
父親の仕事の都合でオランダに渡った5歳の頃にサッカーをはじめ、10歳で帰国[1][2]。高校3年時、岡山県立倉敷青陵高等学校を1年休学し、父親のインドネシア赴任に帯同してサッカーを続けた[2]。
2015年、筑波大学社会・国際学群国際総合学類に入学し、体育会蹴球部に所属[2]。大学を1年休学し、2019年1月にザンビアン・プレミアリーグのマエストロ・ユナイテッド・ザンビアFC(F.C MUZA)とプロ契約を締結し、同年3月デビュー。現地ではサッカーを通じた青少年の育成のほか、パーソナルトレーナーとしても活動[3]。
2020年、大学卒業時に筑波大学校友会賞受賞[4]、官民協働国家プロジェクト「トビタテ!留学JAPAN」において最優秀賞および特別賞受賞[5]。同年12月にはスポーツ版ダボス会議“Global Sports Week”主催の【次世代ヤングスポーツリーダー世界30人】に選出[6]。
アフリカへの再挑戦を掲げ、2021年3月にガーナ・プレミアリーグ史上初の日本人選手としてケープ・コースト・エブスア・ドワーフスFCとプロ契約を締結[7]、翌月にデビューを果たし、2シーズンをプレーする。2023年1月、同リーグのアクラ・グレート・オリンピックスFCに移籍[8]。地元・倉敷市に本社を置く個人スポンサーの「アイルエンジニアリング株式会社」のチームスポンサーとしての参画を発表。
同年8月、一時帰国中に左膝前十字靭帯を断裂。再腱手術と日本でのリハビリを経て、翌2024年7月にスタッド・マロカン (Botola 2) とモロッコ史上初のアジア人選手としてプロ契約を締結。[9] 同様に個人スポンサーであった茨城県水戸市に拠点を置くマーケティング会社「株式会社Okwi」および、モロッコ最大の養鶏事業を展開する「Zalar Holding」がチームスポンサーとしての支援の開始を発表した。[10]
同年10月8日、Coupe d’excellence Racing AC戦にてスターティングメンバーとして公式戦デビューを果たし、初ゴールを記録。[11] 「モロッコリーグ史上初のアジア人によるゴール」として現地メディアで大きく取り上げられる。
所属クラブ
- ユース経歴
- HAJAXS FC
- 岡山県立倉敷青陵高等学校
- 筑波大学
- プロ経歴
- 2019年
マエストロ・ユナイテッド・ザンビアFC - 2021-23年
ケープ・コースト・エブスア・ドワーフスFC - 2023年
アクラ・グレート・オリンピックスFC - 2024年-
スタッド・マロカン