楊統 前仇池8代。 From Wikipedia, the free encyclopedia 楊 統(よう とう、生没年不詳)は、前仇池の第8代君主。父は楊俊。兄は楊世。 国名 前仇池在位期間 370年 - 371年姓・諱 楊統生年 不明概要 楊統, 国名 ...楊統 前仇池 第8代君主国名 前仇池在位期間 370年 - 371年姓・諱 楊統生年 不明没年 不明父 楊俊閉じる 略歴 368年12月、東晋朝廷により、寧東将軍・武都郡太守に任じられた。 370年、兄の楊世が亡くなると、その子の楊纂が後を継いだが、楊統はこれを認めずに自立した。これ以降、前仇池は2つに分裂した[1]。 371年3月、前秦の西県侯苻雅・楊安・王統・徐成・羽林左監朱肜・揚武将軍姚萇が歩騎併せて7万を率いて仇池を攻撃した。4月、西県侯苻雅が仇池まで侵攻すると、楊統は武都の衆ごと降伏した。 仇池が前秦の支配下となると、楊統は前秦の君主苻堅により平遠将軍・秦州刺史に任じられた。その後の生死は不明である。 脚注 [1]『宋書』によると、楊纂は衆を纏め上げて楊統を攻め、楊統を殺害したとあるが、『資治通鑑』では楊統は楊纂に討たれていない。 参考文献 『資治通鑑』巻101、巻102 『宋書』氐胡伝 Related Articles