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楓港村

屏東県枋山郷の地名 From Wikipedia, the free encyclopedia

楓港村(フォンガン/ふうこう-そん)は、台湾屏東県枋山郷。旧称は風港

位置 北緯22°12'N
東経120°42'E
面積: 3.9329 km²
繁体字: 楓港
日本語読み: ふうこう
概要 地理, 位置 ...
屏東県の旗 屏東県 枋山郷楓港村
別称: 風港
楓港村の航空写真(2025年)
地理
位置 北緯22°12'N
東経120°42'E
面積: 3.9329 km²
各種表記
繁体字: 楓港
日本語読み: ふうこう
拼音: Fēnggǎng
注音符号: ㄈㄥ ㄍㄤˇ
片仮名転写: フォンガン
台湾語: Hong-káng
客家語: Phûng-kóng
行政
行政区分:
上位行政区画: 屏東県の旗 屏東県 枋山郷
下位行政区画: 18鄰
楓港村長: 陳恵雪
公式サイト: 楓港村政府
情報
総人口: 982 人(2024年12月)
世帯数: 413 戸(2024年12月)
郵便番号: 941
市外局番: 08
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地理

楓港村は枋山郷の南に位置し、北は枋山村、東は獅子郷、南は善余村にそれぞれ接し、西は台湾海峡に面している。

恒春半島の衛星写真

中央山脈の末端、恒春半島の根本にあたる地域で、海岸からすぐ断崖がそびえ立っている。熱帯モンスーン気候(Am)に属し、年間を通して温暖である[1]

冬季を中心に毎年10月から4月にかけて、山から吹き下ろす強い北東季節風が海に向かって流れ込む。これは古くから「山風が港に沈む」と表現され、村の風景を象徴する現象となっており、これが「風港(楓港)」の由来でもある[2]

隣接する獅子郷を源流とする楓港渓が流れており、それにより形成された三角州の北側が現在の楓港村、南側が善余村となっている。かつては両村を合わせた範囲が楓港村であったが、人口増加を受け1955年に南部が善余村として分立した。

楓港渓

村内で栽培されているレンブタマネギや、養殖が行われているハゼが特産となっており、これらは楓港三宝と呼ばれる[3]

楓港渓の河口

楓港村の北部は砂岩、楓港渓の河口付近は粘土や砂からなり、土壌の保水性が高いためメロンの栽培に適しているとされる。楓港村の南部は珊瑚砂や砂利が広がり、砂を含まないため海水の透明度が非常に高くなっている。

台湾一周の道路網を形成する台1線台9線の終点であり、台湾を代表する観光地墾丁国家公園への主要道路台26線の起点である[4]

蔡潔生故居(蔡英文総統祖厝)

第7代総統である蔡英文の故郷でもある。偶然にも台1線台9線の起点は台北市行政院前となっている。

総統のセキュリティコード(維安代號)は、総統の故郷や出身地の地名が使われる。蔡英文が総統に就任する際、当時の居住地「敦南」、以前の居住地「永和」と故郷「楓港」の3つの案が提示された。(最終的に蔡英文は「永和」を選択した)

歴史

古くは原住民であるパイワン族の居住地であったが、1628年枋寮郷の北勢寮、水底寮のマカタオ族が楓港渓の流域に移住してきた。山岳部は居住地、平野部は農地として、農業や漁業で生計を立てていたが、18世紀半ば頃に原住民であるパイワン族から襲撃を受け、死傷者を多く出した。そのため居住地を農地であった場所へ移し、それが楓港村の始まりとなった。

鄭氏政権時代、恒春への経由地としてこの地が使われたとされる。言い伝えられている伝説によると、『鄭成功は原住民がいなくなったこの地を訪れ、制圧の印に旗を高く掲げた。しかし鄭成功は夢の中で、山の神と地の精霊に「原住民は台湾の祖であり、滅びることはない。天地の徳は生を愛することである」と告げられる。ちょうどその時、山から吹いた強い風が鄭成功の立てた旗を海へ吹き落とし、流れていってしまった。』とされる。この伝説のように、恒春半島に特有な時折吹くこの強風は「落山風中国語版」と呼ばれる[5]

このような伝説にも残るほどの強い風が山から海に向けて吹くことから、この地は「風港」と呼ばれるようになった。

風港という地名に「木」の字がいつ付けられたのかは諸説ある。地元住民の多くに信じられている説として、楓港がかつて木材と木炭の産地であり、台南澎湖に出荷していたからだというものがある。別の説として、清朝統治時代、この地を訪れた役人が山に茂っているを見て、「風」を台湾語で同音の「楓」に言い換え、「港の楓に我が旅を告げる者は誰ぞ(我行誰來報港楓)」という詩を詠んだからだともいわれる。

1765年、泉州人の陳玉代がマカタオ族から土地を買い取り、漢人の入植が本格的に始まった。

清朝統治時代1875年恒春県が設置されその管轄となった。

日本統治時代1901年11月11日、台湾全土に20庁が設置され、恒春庁枋山支庁善余里楓港区となった[6]

1909年10月25日、20庁制が12庁制に改制されるに伴い恒春庁が阿緱庁に編入され、阿緱庁枋山支庁善余里楓港区となった。

1920年10月1日、台湾地方制度改制により高雄州が成立、潮州郡枋山庄の管轄となり、大字楓港となった[7][8]

戦後には、高雄県潮州区枋山郷の管轄となり、楓港村が設置された。

1947年2月16日、潮州区から恒春区に移管された[9]

1950年10月1日、高雄県から屏東県が新たに分立し、区が廃止されたため屏東県枋山郷楓港村となった。

1955年、人口が増加したため、善余村が分立した。徳隆路を境に南東部が分立したため、楓港漁港や楓港国民小学は善余村に属することとなった。

2015年総統選挙を控えた蔡英文は故郷である楓港村を訪れ、「楓港から始め、台湾を照らそう。(點亮台灣,從楓港開始。)」と宣言した。2016年1月16日の投開票で当選して以降、「総統の故郷」という称号を得たことで知名度が高まり、新たに観光地として注目され始めた[2]

人口

2024年12月末の人口調査によると楓港村の人口は982人で、枋山郷の中で2番目に人口が少ない。1955年に善余村が分立するまでは郷内最多の人口を有していた[10]

教育

楓港国民小学潔生図書館

国民中学

国民小学

小学校に隣接している附属の図書館は、1979年に蔡英文の父・蔡潔生中国語版の寄付により建設されたため、「潔生図書館」と名付けられた。

交通

台1線台9線の終点、台26線の起点楓港

日本の国道1号に相当する台1線、同時に台湾一周の道路網を形成する台湾東部の台9線、この2つの高速道路の終点である。また、台湾を代表する観光地墾丁国家公園への主要道路台26線の起点でもあることから、南台湾でも重要な交通の要所となっている。

有名な台湾語の楽曲「台東人」の歌詞には、「枋寮からバスに乗り楓港へ、山を越えて台東へ」とあるように、台湾南部から陸路で台東へ行く際には必ず通る中継地となっている[11]

観光地

楓港漁港
  • 鯨魚園休閒農場
  • 枋山郵便局
  • モズ生態展示館
  • 双流国家森林遊楽区
  • 里龍山步道
  • 獅子郷文物陳列館
  • 楓港紫竹林龍峰寺
  • 董家古厝
  • 楓港老街
  • 風車公園
  • 楓園
  • 楓港漁港
  • 徳隆宮
  • 蔡潔生故居

特産

著名な出身者

楓港村を訪れた蔡英文(2018年

脚注

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