楽山大仏
From Wikipedia, the free encyclopedia
歴史

建造と火難
楽山大仏は、後述の韋皋(い こう)が編ませた『嘉州凌雲寺大像記』の伝えるところによれば、着工は開元元年(713年)とされる。楽山周辺は内陸部ながら、塩分を大量に含んだ地下水を煮たてる方式での製塩が行われ、当時の年間の塩の生産高は現在の価格に換算すると1千億円以上に上っていた。生産された塩は岷江の水運で運び出されていたが、岷江は頻繁に水害を起こす川でもあった。塩の恵みを仏さまに感謝し、暴れ川を仏さまに治めてもらいたい、との願いから、僧の海通が民衆の布施の下に寺院・凌雲寺に隣接する崖に石像を彫り始めた。
天宝2年(743年)、海通は大仏が完成する前に亡くなったが、剣南西川節度使であった韋皋が建設を受け継ぎ、貞元19年(803年)に完成させたという。871年完成との説もある。
工事で出た大量の土砂を川の合流地点に投入することにより、川底が浅くなり、海通の意図通りに水害は大幅に減ることとなった。
完成当時、大仏は「大仏像閣」と称する13層の木造の建造物に覆われ、法衣には金箔、胴には朱色が塗られていた。 さらに、湧水を外に逃がすための排水溝、そして雨水を効率よく逃す溝が掘られていた。 しかし、明代末期に建物は焼失、大仏も風雨に晒されて色が落ち、雑草に覆われていった。
修復と保護の問題
修復は1962年になってようやく行われた。 その際、像の胸の部分から明代に開けられたと見られる穴が発見され、経典などを入れるためのものであったとの推測がなされている。
最近では酸性雨によると思われる染みが見られる。
世界遺産
楽山大仏は1996年、比較的近隣にある仏教の一大聖地・峨眉山とともに、複合遺産「峨眉山と楽山大仏」の名でユネスコの世界遺産に登録された。
2018年の修復
2018年10月8日、大仏の胴体の破損を修復する工事が行われ、2019年3月末に完成した。その後、修復した後の写真として、顔の部分を画像処理ソフトで実物より白く加工したものがインターネットを介して出回ったため、修復に批判的な意見が見られるようになった[2]。
2020年の出水
2020年7月から8月にかけて長雨が続き、大仏に面する川が増水。2020年8月19日までに大仏の足元まで水が達する状況になった[3]。
施設の詳細
施設の大きさは全高(縦全長)約71m、像高(像本体の高さ)約59.98m(長さの比較資料:1 E1 m)。 近代以前に造られたものでは世界最大・最長の仏像であり、石像である。 また、像高で第2位にあったバーミヤンの大仏(2体のうちの大きい方)が破壊された現在では、これに迫る古仏は存在しない。
- 施設全高 約71m。
- 像高(像本体の長さ) 59.98m。 像幅(像本体の幅) 28.5m。
- 頭高(頭部の長さ) 14.7m、鼻の長さ 5.6m、口の長さ 3.3m、耳の長さ 7.0m(耳の穴には2人入れるという)、首の長さ 3.0m。
- 肩幅 28.0m、中指の長さ 8.3m、脚の長さ 10.5m、足の甲の長さ 8.5m。