楽輓(がく ばん)は、紀元前6世紀、中国の春秋時代の宋の貴族である。元公に仕えて大司寇となった。
宋の楽氏は戴公の子、武公の弟から分かれた一族で、楽喜(子罕)を輩出したが、華氏、向氏と比べて有力な存在ではなかった。ところが、魯の昭公22年(紀元前520年)の内乱と周辺諸国の介入の結果、華・向は没落した[1][2]。元公のもとで宋の人事は一新され、楽祁が司城、楽大心が右師、そして楽輓が大司寇に任命された[1]。楽祁と楽大心は魯の定公6年(紀元前504年)、9年(紀元前501年)に相次いで失職したが[3]、楽輓については知られることがない。