横地由松
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愛知県立愛知商業高等学校では、1957年の春の選抜に遊撃手、四番打者として出場。1回戦で高松商の石川陽造らに抑えられ完封を喫する[1]。高校の1年下に控え投手の水谷伸久がおり、この試合でリリーフ登板している。
1959年には一軍に定着、井上登の控えながら二塁手として26試合に先発出場。
1960年にも内野のユーティリティプレイヤーとして45試合に先発を果たす。しかし打撃面で伸びず、同年オフに伊奈努と共に西尾慈高、星山晋徳とのトレードで阪神タイガースに移籍。
1961年は、二塁手、遊撃手として57試合に出場(うち28試合に先発)する。しかし当時の阪神の二遊間は鎌田実、吉田義男という鉄壁の布陣だったため、レギュラーには届かなかった。1961年9月には三塁手の三宅秀史が練習時の事故で戦列を離脱、その後継として安藤統夫とともに起用された。同年の東映フライヤーズとの日本シリーズでは6試合に出場、うち3試合に三塁手として先発するが無安打に終わる。
1964年限りで退団した。