横山博人

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横山 博人(よこやま ひろと、1948年3月16日 - )は日本映画監督[1]福岡県飯塚市大字中出身[1]

父母ともに開業医[1]福岡県立嘉穂高校を1966年卒業後上京[1]大島渚を訪ねて映画界入りを狙ったが果たせず[1]。1971年日本大学藝術学部入学[1]東映東京撮影所に通いつめ[1]伊藤俊也監督の口利きで契約助監督になる[1]。大学は1973年に中退[1]。伊藤俊也や石井輝男深作欣二中島貞夫鈴木則文東映の監督たち10名につく[1]

1977年4月工藝舎(1982年、横山プロダクションに改名)を設立[1]。1979年監督デビュー作『』が第32回カンヌ国際映画祭、批評家週間でオープニング上映[1]1980年、『純』が国内初公開。自主制作映画としては異例の大ヒット[1]。 その後『』(1983)、『フリーター』(1987)『恋はいつもアマンドピンク』(1988)『眠れる美女』(1995)などを監督[1]裕木奈江主演の『曖・昧・Me』(1990)をプロデュース。

近年は、後進の指導などにも当たっている。 自らのブログで「シナリオレーゼシナリオでは駄目だ」と書いている。(外部リンク参照)

主な作品

  • (1980年);脚本も兼ねる
  • (1983年)
  • フリーター(1987年)
  • 恋はいつもアマンドピンク(1988年)
  • 曖・昧・Me(1990年、プロデュース)
  • 眠れる美女(1995年)

テレビドラマ

脚注

外部リンク

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