横山家住宅

From Wikipedia, the free encyclopedia

旧名称 松屋
旧用途 地漉紙問屋
竣工 江戸時代後期
所在地 120-0034
東京都足立区千住4丁目28−1
横山家住宅
外観
情報
旧名称 松屋
旧用途 地漉紙問屋
竣工 江戸時代後期
所在地 120-0034
東京都足立区千住4丁目28−1
文化財 足立区登録有形民俗文化財
指定・登録等日 1982年(昭和57年)12月10日登録
テンプレートを表示
About OpenStreetMaps
Maps: terms of use
750 m
横山家住宅
足立区千住

横山家住宅(よこやまけじゅうたく)は、東京都足立区千住四丁目にある歴史的建造物。もとは地漉紙問屋を営んでおり「松屋」という屋号だった。足立区登録有形民俗文化財(古民家)に登録されている[1]

横山家の初代は紙問屋を始める前は呉服屋を営んでいたと伝わるが詳細は不明である[2]。初代は紙問屋を始める以前、南千住の薬屋に奉公していたとも伝わっている。この縁から檀那寺は南千住の誓願寺であるという[3]。屋号を松屋とし、当主は代々佐助と名乗った。家印は松佐とした[2]。番頭や小僧、書生や女中も共に暮らしていた[2]

千住大川町の氷川神社には紙すき碑がある。天保年間に地漉紙が不足した折に奉行の命で緊急増産した地漉紙問屋21軒の名前が記されており、松屋佐助の名前も刻まれている[4]

浅草紙

屑紙を集めて窯でドロドロにしたものを再度漉いて紙にしたものを浅草紙と呼んだ[5]。近隣農家で副業として作ったものを横山家で仕入れて扱った[5]。落し紙、漉紙、使い紙、下紙、小便紙、大便紙などともよばれ、主にトイレットペーパーとして利用された[5]。江戸時代から1940年まで浅草紙を販売する商いをしていた[6]

刀傷と建物の文化財登録

明治維新上野戦争の時に、彰義隊士によって横山家の柱に刀傷をつけられた[7]。横山家は千住宿の伝馬役だったため、馬一頭の負担が課せられた[8]。横山家は千住宿唯一の江戸時代の問屋の建造物で、千住宿の伝馬屋敷として、1982年(昭和57年)12月10日に足立区登録有形民俗文化財(古民家)に登録された[9][1]。また、横山家に伝わる歴史的な古文書466点も同日に足立区登録有形民俗文化財(古文書)に登録されている(2025年〈令和7年〉3月21日に追加登録)[1]

建築様式(外観・内装)

千住宿の町並み

出典

Related Articles

Wikiwand AI