1896年、長野県東筑摩郡片丘村北内田(現松本市)で生まれた。慶應義塾大学文学部で学び、1922年に卒業。
1924年、慶應義塾大学予科教員に採用された。1940年三田文学賞を受賞。1942年に退任し、以後在野で活動。島木赤彦に師事して『万葉集』を研究。のち琉球史料、室町時代物語、古浄瑠璃へと研究対象をひろげてゆき、多数の校本を刊行した。大岡山書店と関係が深くほぼ専属出版社の趣があった。1933年から1942年まで『三田文学』に「書物捜索」を連載した。
戦後は1953年から1961年『新文明』に連載継続。関連著作の編集長はいずれも和木清三郎がつとめた。