橘常子

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橘 常子(たちばな の つねこ、延暦7年(788年)? - 弘仁8年8月1日817年9月15日))は、平安時代桓武天皇女御兵部大輔橘島田麻呂の娘。官位は従三位

生年は、薨伝に見える行年より逆算して延暦7年(788年)とされるが、『日本後紀』訳者の森田悌は、常子が延暦15年に無位から従五位下に叙されており、このとき9歳ということになってしまうので、この行年には誤りがあると注を入れている。

桓武天皇後宮に入り、大宅内親王を生む。延暦16年(797年)には従五位上に叙され、記録にはないが延暦年間に従四位下まで昇った[1]。その後、天皇が崩御するとそれを悲しみ出家して尼になった。大同4年(809年)に娘の大宅内親王の邸宅が火災に遭った際には新銭(隆平永宝)百貫を賜っている[2]。薨伝には平城天皇に重んじられ、従三位を授けられたとある[1]が、常子が従三位を授けられたのは平城天皇退位後の弘仁6年(815年)である[3]。弘仁8年(817年8月1日死去。遺言によって、死体は席(むしろ・などで編んだ敷物)にくるまれて埋葬され、棺は用いなかった[1]

系譜

脚注

参考文献

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