日本後紀
平安時代初期に編纂された勅撰史書
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編纂
内容
散逸と復原
15世紀初め頃までは40巻揃っていたが、応仁の乱の影響で散逸した。失われた部分が多かったため、発見の待望から近世期には偽書まで作られた[1]。江戸時代中期に塙保己一の門人・稲山行教が10巻分の写本を三条西家で発見(三条西実隆と公条の父子が筆写したもの[2]。異説として柳原紀光の校訂本説もある)し、初めて刊行された。現存分(天理図書館蔵、重要文化財)は巻5・8・12・13(桓武)、14・17(平城)、20・21・22・24(嵯峨)の10巻で、淳和天皇の代はまったく欠けてしまっている。
六国史などの抜粋版である『日本紀略』と、六国史の項目分類である『類聚国史』等に引用文(逸文)があり、『日本後紀』欠落部分の概略を復元することができる。これらの逸文を収集したものに、鴨祐之編『日本逸史』、佐伯有義編『日本後紀逸文』[3]がある。これらを踏まえて、下記の集英社訳注日本史料や講談社学術文庫が出版されている。