歌会
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歌会(うたかい、かかい)は、人々が集まって和歌または短歌を詠み、作られた歌を披露・披講し、鑑賞や批評を行う会である[1][2]。歌の会、和歌会ともいう[2]。
歌会は、参加者が共通の題で歌を詠み、その歌を披講する会として行われてきた[1]。古典的には、人々が集まって和歌を作り、懐紙または短冊などに書いて読み上げる会を指した[2]。古くは宮廷・貴族社会の文芸行事として行われ、のちには歌人、武家、公家、文人、短歌結社、同人、学校・地域団体など、多様な場で催されるようになった。
年の始めに行われる歌会は歌会始と呼ばれ、現在では宮中で行われる歌会始の儀がよく知られている[1]。ただし、歌会は宮中行事に限られず、和歌・短歌を作り、読み合い、評価し合う場として広く行われてきた。
「歌会」は「うたかい」と読むほか、「かかい」とも読まれる[2]。「うたかい」は、人々が集まって和歌を作り、懐紙または短冊などに書いて読み上げる会をいう。「かかい」も、作った歌を持ち寄ったり、その場で作ったりして発表し合う会を指す[2]。
歌会では、参加者があらかじめ定められた題、または自由な題に基づいて歌を詠み、歌を紙に記すか、あらかじめ提出する。古典的な歌会では、懐紙や短冊に書かれた歌が披講される。披講とは、歌を節をつけて読み上げることであり、宮中歌会始では現在も独特の作法によって行われている[1]。
歌会の性格は時代や場によって異なる。宮廷社会では、歌会は儀礼・社交・文芸実践としての性格を持った。近現代の短歌においては、参加者が詠草を提出し、それを読み合い、感想や批評を述べ合う場として機能する。現代短歌では、歌会は作品を発表する場であると同時に、他者の読みを通じて作品を推敲し、短歌の表現を考える場でもある。
歴史
古代
歌会は、奈良時代にはすでに行われていたことが『万葉集』から知られる[1]。共通の題で歌を詠み、その歌を披講する会としての歌会は、古代の宮廷社会において成立していた。
古代の歌会は、宮廷・貴族社会における歌の実作と披露の場であり、歌を通じた交流や儀礼の場でもあった。『万葉集』には、宴席・旅・儀礼・贈答など、複数の人々が歌を詠み交わす場面が多く収められており、歌会はこうした集団的な作歌・披露の文化と関係している。
平安時代・中世

平安時代以降、和歌は宮廷社会の重要な文芸となり、歌会は貴族社会における文芸実践の場として発展した。天皇が催す歌会は「歌御会」と呼ばれ、宮中では年中行事としての歌会のほか、毎月の月次歌会も催されるようになった[1]。
年の始めに天皇が催す歌御会は、のちに「歌御会始」と呼ばれた[1]。歌御会始の起源は必ずしも明確ではないが、鎌倉時代中期の1267年(文永4年)1月15日に亀山天皇の内裏で歌御会が行われた記録が残っている[1]。この歌御会始が、現在の宮中歌会始へつながるものとされる。
歌会はまた、歌合や題詠など、和歌をめぐる他の文芸形式とも関係した。歌合が左右に分かれて歌の優劣を競う形式を持つのに対し、歌会は歌を作り、披講し、鑑賞する会合としての性格が強い。ただし、実際の文芸実践では、題、披講、判、批評、社交の要素が重なり合うこともあった。
近世
近世には、公家・武家・町人・文人などの間で和歌の学習や実作が行われ、歌会も多様な場で催された。「歌会」の語は平安末期の『中右記』1134年(長承3年)4月11日条に見え、「かかい」の読みも室町期の節用集に確認される[2]。
宮中の歌会始は近世にも行われたが、恒例化の過程には変化があった。江戸時代前期の1684年(貞享元年)からは正月24日が定例となったとされる[3]。
近代以降
明治以降、宮中の歌会始は制度的に整えられた。1869年(明治2年)1月に明治天皇によって歌御会始が復興され、1874年(明治7年)からは一般の詠進も認められた[1]。これにより、宮中歌会始は皇室の文芸儀礼であると同時に、国民からの詠進歌を受ける行事としての性格を持つようになった。
近代以降、短歌は新聞・雑誌・結社・同人誌を通じて広く展開し、歌会は短歌実作と批評の基礎的な場となった。短歌結社や大学短歌会、地域の短歌会、オンライン上の歌会など、歌会の形式は多様化している。現代の歌会では、参加者が詠草を提出し、互いに読み、感想や批評を述べ、作者が最後に作意や制作上の意図を説明する形式がしばしば採られる[4]。
形式
歌会の形式は時代や団体によって異なるが、一般には、題の設定、詠草の提出、披講または朗読、鑑賞・批評、作者による説明などの要素を含む。
古典的な歌会では、歌は懐紙や短冊に書かれ、会の場で読み上げられた[2]。宮中歌会始では、歌は節をつけて披講される[1]。近現代の短歌歌会では、事前に参加者が詠草を提出し、無記名で配布された作品を参加者が読み、順に批評を行う形式が広く見られる[4]。
現代短歌の歌会では、歌を詠んだ本人の意図よりも、作品として読者にどのように届くかが重視される場合がある。無記名で詠草を配布する歌会では、作者名に左右されずに作品を読むことができる一方、作者が最後に制作意図を述べることで、批評と作者の意図を照らし合わせることもできる。
題詠と詠草
批評と鑑賞
歌会は、歌を発表するだけでなく、他者の歌を読み、批評し、鑑賞する場でもある。現代短歌では、歌会は短歌の読みと批評の基本的な場の一つとされる。短歌批評は一首評から始まることが多く、その一般的な場として歌会が挙げられる[6]。
歌会での批評は、作品の語句、韻律、構成、視点、比喩、主題、読後感などをめぐって行われる。作者にとっては、自作が他者にどのように読まれるかを知る機会となり、推敲や次作への手がかりとなる。読者にとっては、他者の読みを聞くことで、一首の解釈の幅や表現上の可能性を学ぶ場となる。
関連する形式
歌会と関連する形式に、歌合、題詠、披講、月次歌会、歌会始などがある。歌合は、左右に分かれて詠まれた歌の優劣を判者が判定する文芸形式であり、歌会と同じく和歌を集団的に扱うが、競技性・判定性が強い。歌会は、より広く歌を作り、披露し、読み合う会合を指す。
宮中における月次歌会は、毎月行われる歌会であり、歌御会や歌御会始とともに宮廷和歌文化を支えた[1]。近現代の短歌結社や同人では、月例歌会、支部歌会、オンライン歌会など、多様な形式が行われている。