正福寺 (東村山市)
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位置
北緯35度45分53.2秒 東経139度27分34.1秒 / 北緯35.764778度 東経139.459472度座標: 北緯35度45分53.2秒 東経139度27分34.1秒 / 北緯35.764778度 東経139.459472度
宗派
臨済宗建長寺派
| 正福寺 | |
|---|---|
|
正福寺 地蔵堂(国宝、2010年6月11日撮影) | |
| 所在地 |
東京都東村山市野口町 四丁目6番1号 |
| 位置 | 北緯35度45分53.2秒 東経139度27分34.1秒 / 北緯35.764778度 東経139.459472度座標: 北緯35度45分53.2秒 東経139度27分34.1秒 / 北緯35.764778度 東経139.459472度 |
| 山号 | 金剛山[1] |
| 宗派 | 臨済宗建長寺派 |
| 本尊 | 千手千眼観音 |
| 創建年 | 伝・鎌倉時代中期、弘安元年(1278)[2] |
| 開山 | 石渓心月[2] |
| 開基 | 伝・北条時頼[1]または北条時宗[3] |
| 札所等 | 狭山三十三観音霊場第13番札所 |
| 文化財 |
地蔵堂(国宝) 貞和の板碑(市文化財) |
| 法人番号 | 5012705000351 |

外側の柱列は裳階柱で、その一間内側の方三間(三間×三間)の部分が身舎。身舎中央の後寄りに来迎柱を立て、仏壇を構える。身舎と裳階の間に仕切りはなく、全体を一続きの土間とする。
文化財
国宝
- 正福寺地蔵堂 - 1952年3月29日国宝指定
禅宗様仏殿の代表作の一つ。尾垂木の墨書から室町時代の応永14年(1407年)の建立と知られる。同時代の建築である鎌倉の円覚寺舎利殿と規模・形式が近似している[2]。内部には本尊地蔵菩薩像のほか、多数の地蔵菩薩の小像が安置されている。
入母屋造、杮葺、一重裳階(もこし)付き。正面、側面ともに3間の身舎(もや)の周囲に1間の裳階が付いた形式で、平面はほぼ正方形である。入母屋造の屋根の端部が反り上がった外観は禅宗様特有のものである。内部は土間で、間仕切りのない一体の空間とし、天井は裳階部分は垂木をそのまま見せ、内陣中央は鏡天井とする。礎盤上に柱を立て、柱間にも組物を置いて詰組とする点、花頭窓・桟唐戸・貫を多用する点など、構造・意匠ともに禅宗様の特色が顕著に見られる。
茅葺であったが1933年(昭和8年)の解体修理に際して建築当初の柿葺に戻された。国立歴史民俗博物館には断面模型がある。
鎌倉街道沿いにあり[要出典]、外部は常時見学可能、年一回の地蔵祭には内部も公開される。
市有形文化財
- 山門[4]
市有形民俗文化財
- 貞和の板碑
- 都内最大級の板碑。現在のシチズングランドの前を通る小河川、前川の橋桁に使われていた。近隣の徳蔵寺には同様に板碑が保存されている。