武田信玄 (小説)
新田次郎の歴史小説
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あらすじ
内容
作者の新田次郎が元気象庁職員であることから、物語の山場となる川中島の戦いなどについては当時の天候といった視点から独自の考証を試みている。
信玄の死因に関しては諸説あるうち、当時は信頼されていた御宿監物書状に拠る肺結核説を採用しており、作中では信玄が持病として結核を患っている様子が描かれているが、その後の武田氏研究においてはこの文書が疑問視され、『甲陽軍鑑』による胃癌説が有力なものになっている。武田氏研究の中心的見解との相違に関しては、作者自身が反省の弁を述べている。
一方、佐渡の金山は戦国時代にはまだ発見されておらず、採掘が始まったのは江戸時代初期になってからであり、上杉謙信がそこから金を得ていたことは有り得ないという指摘については、「秘密にしていたから資料が残らなかっただけだ」と反論し、誤りを認めなかった。ただし戦国時代の佐渡は本間氏の領国であり、上杉氏は領有しておらず、その点からも上杉謙信が佐渡金山を保有していたということは有り得ない。
また、(史実では信玄との間に3男2女、5人も子供を儲けている)三条夫人との間柄については不仲な様子で描かれ、義信の最期については病死説を採っている。
脚注
注釈
- 正確にはその決意を固めるきっかけとなった領民の訴え