歩兵第340連隊
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大東亜戦争(太平洋戦争・第二次世界大戦)末期の1945年(昭和20年)5月23日、第三次兵備により本土決戦(陸軍省コードネーム決号作戦、米軍コードネームコロネット作戦)に備え新設された第224師団の歩兵連隊の一つとして広島で編成された[1][2]。兵力補充は中国軍管区の歩兵第1補充隊で担当した[2]。
第54軍隷下で静岡県への移駐準備中だった同年8月6日、アメリカ海軍B-29エノラ・ゲイから投下された原子爆弾リトルボーイの炸裂による熱線、放射線で甚大な被害を受け、多くの兵士が戦死。本連隊は壊滅状態に陥った[3]。
→詳細は「中国軍管区司令部跡 § 第一報」、および「広島市への原子爆弾投下 § 第一報 8月6日」を参照
その後、残存部隊は広島を衛戍地としていた第59軍および留守第5師団と共に被爆直後の広島市民に対する救護活動に重点が置かれ、連合国軍と交戦することのないまま終戦を迎えた。本連隊および第224師団、第59軍は同年9月5日までに復員[1]、任務を厚生省に引き継いだ。
→詳細は「広島市への原子爆弾投下 § 被爆救護活動」、および「日本への原子爆弾投下 § 被爆者への認識と対応」を参照
歴代連隊長
| 代 | 氏名 | 在任期間 | 出身校・期 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 不明 |