母親英雄
From Wikipedia, the free encyclopedia
1944年7月8日、ソビエト連邦最高会議幹部会により主に10人以上の子(実子・養子関係なく)を育てた母親を対象として制定された[1]。また、その家族やシングルマザー等に対する補助金の増額などを定めた法規は、称号廃止までに15回改正されている。単なる英雄称号ではなく、母親と子供は勿論、妊婦やシングルマザー、その家族などの健康促進のために援助を行う目的があった[1]。
通常、10人目の子供の最初の誕生日に合わせて贈られた。この際、英雄的行動や従軍、その他職業病などで名誉ある死を遂げた子供も勘定に含まれる。
10人以上の子供を育てた母親に贈られたが、同時に母性名誉勲章(7~9人の子供を育てた母親)や母性記章(5~6人の子供を育てた母親)なども制定されていた[1]。
廃止されるまでの間に約43万人の女性に贈られたと推測されており、彼女らには退職年金や公共料金、食料・物資の配給などでいくつかの特権が付与された[1]。また、受賞者には母親英雄の勲章も贈られたが、現在佩用する際には、ロシア連邦で制定されている他の勲章より下位に配置しなければならない[2]。
