毛利高直
From Wikipedia, the free encyclopedia
略歴
寛永7年(1630年)、豊後国佐伯藩第2代藩主・毛利高成の長男として誕生。幼名は市三郎。
父の死から翌年の寛永9年(1632年)、4歳で家督を継いだ。ところが幼少だったため、伯父(高成の庶兄)の高定(高明)を擁立する一派が現われた。一派の中心人物は初代藩主高政の弟で大叔父にあたる毛利吉安で、一門衆として知行2000石は家中随一の大禄だった。一時は御家騒動にまで発展したが、この争いは高直派が勝利した。敗れた吉安は潔しとせず、自らの領知を幕府に返上して旗本となる。高定も300俵の旗本に召抱えられた。
高直は幕府の命を受けて内裏の普請を務めている。また、幼少で藩主となったため、家老の並河信吉、磯部三左衛門らの補佐を受けたが、その並河の一族と磯部が藩政の主導権をめぐって対立するなど、藩政は多難を極めた。