毛新宇
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家庭
発言
人物
- 昨今多発している中国共産党員の汚職・腐敗に対しては厳しい姿勢でのぞんでいる[6]。
- 2012年に42歳で党大会代表に選ばれたが、親の七光りで役職についている典型的な「太子党」とされ、中国メディアからの評価は低く、習近平党総書記も好意を抱いていない[7]。「軍の評判を下げる」とも評され、2017年の党大会の代表からは外された。
- 「毛体書法」の創始者として中国書道史に名を遺す毛沢東の書法を受け継ぐ「中国毛体書法家協会」の名誉主席である。同じく毛沢東の子孫として、毛体書法家協会の主席となっている書家の毛世霖とともに、「毛体書法」を受け継いでおり、書道の字は上手いが、普段の字は独特である。
- 蔣介石の曾孫である蔣友柏(台湾人だが「ハンサムなデザイナー」として中国大陸でも有名)とも比較される風貌や、「メディアの取材を受けながら鼻をほじる」などの自由奔放な言動や、その「達筆」ぶりから、中国のインターネット上で度々話題になっている。
死亡説
2018年4月22日に「抗米援助戦争勝利65周年中国朝鮮訪問文化交流団」と言う北朝鮮観光バスツアーの一員として北朝鮮を訪れた際に起きた大規模な交通事故により死亡したと報道された。それによれば伯父である毛岸英(毛沢東の長男)の墓参の帰りに他の中国人旅行者31名とともに死亡し、金正恩委員長が直接慰霊したとされている[8]。しかし、その件でメディアの取材を受けた毛小青(毛沢東の姪)が「毛新宇は北朝鮮には行っていない」として、その報道を否定。そもそも毛新宇は将軍なので、観光客と一緒にツアーに参加するわけがないと主張している[9]。4月29日には北京市内の公園で毛新宇を見かけた人が写真をSNSにアップしたほか(このように国家の重要人物であるはずなのに市民に紛れてよく見かけるので、国賓としてではなく観光客と一緒に北朝鮮に行きそうな人物だと市民に思われている)、労働節(中国のゴールデンウィーク)明けの5月6日には毛新宇が少将として5月4日に中国船舶工業集団との研究会に参加したというニュースが流れ、死亡説は収まった[10]。
著作
1990年から書籍と作品を発表している。以下は、主な著書。
- 『朱元璋研究』
- 『毛沢東眼中的五大帝王』
- 『永遠的懐念-毛沢東誕辰百年輯録』
- 『我的伯父毛岸英』
その外、テレビ・ドラマ「女紅軍女将軍風采録」、「江山如此多嬌」をプロデュースし、12集のテレビ文学刷本「一代賢后」を創作した。
