民団幹部宅焼打事件 From Wikipedia, the free encyclopedia 民団幹部宅焼打事件(みんだんかんぶたくやきうちじけん)とは、1952年(昭和27年)8月に起こった在日朝鮮人によるテロ事件[1][2]。 首謀者の孔泳淳は、在日朝鮮民主民族戦線の目黒支部書記長であった。孔は逮捕されて第一審で懲役5年の判決を受けたが、上告棄却判決のなされる直前の1957年(昭和32年)10月、保釈中に逃亡した[1][2]。逃亡中、孔は三村繁生と名を変え、土木作業員などとして東京都内を転々としながら潜伏をつづけ、のちに北朝鮮工作員となって北総事件を起こし、1974年(昭和49年)に逮捕された[1][2]。 脚注 [脚注の使い方] 出典 1 2 3 高世(2002)p.299 1 2 3 『戦後のスパイ事件』(1990)pp.89-90 参考文献 高世仁『拉致 北朝鮮の国家犯罪』講談社〈講談社文庫〉、2002年9月(原著1999年)。ISBN 4-06-273552-0。 諜報事件研究会『戦後のスパイ事件』東京法令出版、1990年1月。 関連文献 外事事件研究会『戦後の外事事件―スパイ・拉致・不正輸出』東京法令出版、2007年10月。ISBN 978-4809011474。 関連項目 坂町事件 直江津駅リンチ殺人事件 浜松事件 別府市警察署事件 新潟日報社襲撃事件 北総事件 Related Articles