民本主義
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経緯
概説
思想の詳細
吉野の民本主義の趣旨としては、
と述べている[7]。
吉野が「民主主義」という言葉を忌避していたのは、当時の日本に憲法が制定され名義上立憲君主制であったもののまだ絶対君主的な風潮が強く、それとできるだけ衝突を避けるためにあえて穏健的な主張をしたとする説もある。
当時の大日本帝国憲法に関しては「主権」のありかは実際は明確には記述されておらず[8]、現代しばしば論じられる明治憲法の「天皇主権」性はある種の短絡であってあくまで学説上の分類にすぎない。詔勅では繰り返し君民一体・君民父子・君民家族が説かれ、国家有機体説の下では臣民が輔弼(内閣)協賛(国会)し、これを受けて天皇が帝国を統治するものとした。
民主主義との比較
| 民主主義 | 民本主義 | |
|---|---|---|
| 主権 | 国民 | 問わない |
| 人権 | 永久の権利 | |