水上不二
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宮城県本吉郡大島村(現在の気仙沼市)字長崎にて父・佐助、母・あやの の次男として生まれる。
1918年(大正7年)、本吉郡立水産学校(現在の宮城県気仙沼向洋高等学校)に入学し、卒業後は1922年(大正11年)9月より本吉郡内の小学校3校に勤務した。その後、1928年(昭和3年)4月に上京し、東京府南葛飾郡の松江第一小学校に勤務した。
1930年(昭和5年)、処女詩集『私の内在』を発行する。この頃より鈴木三重吉、北原白秋らが発刊した「赤い鳥童謡運動」に参加。雑誌『童魚』・『コドモノクニ』・『綴方倶楽部』などに童謡、童話を発表した。
1937年(昭和12年)3月、童話童謡雑誌『昆虫列車』を創刊したが、同年12月に終刊となる。その後、詩集や童話集を発行した。また、故郷の気仙沼市や居住していた東京都小金井市の小・中学校の校歌、各地の小唄や音頭などを多数作詞した。
1965年、小金井市の自宅にて死去。61歳没。
人物
著作
書籍
- 『私の内在』 - 処女詩集
- 『海はいのちのみなもと』
- 『仙台アルバム』
- 『ガリレオ-近代科学の父』(絵: 花山信吾)日本書房〈小学文庫 4・5年生〉、1957年