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宮城県気仙沼向洋高等学校

宮城県気仙沼市にある高等学校 From Wikipedia, the free encyclopedia

宮城県気仙沼向洋高等学校(みやぎけん けせんぬまこうようこうとうがっこう)は、宮城県気仙沼市長磯牧通にある県立高等学校

過去の名称 気仙沼町立水産補習学校
郡立本吉水産学校
県立水産講習所
宮城県水産試験場気仙沼分場講習部
県立宮城県気仙沼水産学校
宮城県気仙沼水産高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 宮城県
校訓 尚志・創造・力行
概要 宮城県気仙沼向洋高等学校, 過去の名称 ...
宮城県気仙沼向洋高等学校
北緯38度50分3.3秒 東経141度34分35.2秒
過去の名称 気仙沼町立水産補習学校
郡立本吉水産学校
県立水産講習所
宮城県水産試験場気仙沼分場講習部
県立宮城県気仙沼水産学校
宮城県気仙沼水産高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 宮城県
校訓 尚志・創造・力行
設立年月日 1901年4月
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 情報海洋科
産業経済科
機械技術科
専攻科 漁業科
無線科
学期 3学期制
学校コード D104212050016 ウィキデータを編集
高校コード 04164F
所在地 988-0235
宮城県気仙沼市長磯牧通78番地
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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もともと水産系高校として発足した学校のため、現在も年1回(基本的に10月頃)の長期航海があり、宮城県教育委員会の実習船「宮城丸」を用いてハワイまでの往復航海を行う。なお学科によっては宮城県水産高等学校との合同実習となる場合がある。

歴史

震災で被災した校舎
震災後の仮設校舎(2017年)

東日本大震災

2011年の東日本大震災では、校舎が4階まで津波で水没するなどの大きな被害を受けたが、校内にいた生徒・教職員らは全員無事だった[4]

2017年2月、校舎を破損したままの状態で震災遺構として保存するために、建築基準の適応外とする震災遺構保存条例案が市議会に提出された[5]。保全される校舎は当初南校舎だけであったが、2018年2月には北校舎も追加で保全されることになった。2019年3月10日から「気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館」として一般公開された[3][6]

設置学科

  • 情報海洋科
    • 海洋類型
    • 情報電子類型
  • 産業経済科
    • 食品開発類型
    • 食品ビジネス類型
  • 機械技術科
    • 機械システム類型
    • エンジンシステム類型
  • 専攻科
    • 漁業科
    • 無線科

部活動

  • 運動部
    • 柔道部、相撲部、ラグビー部、硬式野球部、卓球部、ヨット部、男子バスケットボール部、女子バスケットボール部、男子バレーボール部、女子バレーボール部、バドミントン部、テニス部
  • 文化部
    • 写真部、ハイテク部、VFC同好会、電波研究会、軽音楽部

交通アクセス

※波路上旧校舎は陸前階上駅から徒歩20分
  • ミヤコーバス
    • 「岩井崎入口」バス停下車 徒歩5分
  • E45 三陸沿岸道路

出身者

事件・不祥事

  • 2015年 - 複数の生徒が校内で女子生徒を盗撮していた不祥事が判明。関わった生徒の中に硬式野球部員がおり、さらに同部員の1人が飲酒・喫煙していたことも発覚したため、部は同年の第97回全国高等学校野球選手権宮城大会出場を辞退

脚注

関連項目

外部リンク

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