水上長次郎
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近江国彦根出身。1884年(明治17年)、司法省法学校を卒業[4]。徳島始審裁判所・大阪始審裁判所・大阪控訴院で判事を務め、京都地方裁判所部長・福井地方裁判所所長・岐阜地方裁判所所長を歴任した。1898年(明治31年)、大阪地方裁判所検事正となり、広島控訴院検事長・長崎控訴院検事長・大阪控訴院検事長を歴任した。その間、日露戦争の際には佐世保で捕獲審検所検察官を務めた[5]。1913年(大正2年)、名古屋控訴院長に就任し、のち大阪控訴院長に転じた。1921年(大正10年)6月14日、貴族院議員に勅選され[6][7]、交友倶楽部に所属して死去するまで在任した[2][8]。
大阪で勤務していた1889年(明治22年)には関西法律学校(現在の関西大学)の講師となり、校長代理も務めた[4]。また名古屋で勤務していた1916年(大正5年)には中京法律専門学校の校長を務めた。
