水主神社 (東かがわ市)

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所在地 香川県東かがわ市水主1418-1
位置 北緯34度13分26.0秒 東経134度17分56.0秒 / 北緯34.223889度 東経134.298889度 / 34.223889; 134.298889座標: 北緯34度13分26.0秒 東経134度17分56.0秒 / 北緯34.223889度 東経134.298889度 / 34.223889; 134.298889
神体 御陵
水主神社

拝殿
所在地 香川県東かがわ市水主1418-1
位置 北緯34度13分26.0秒 東経134度17分56.0秒 / 北緯34.223889度 東経134.298889度 / 34.223889; 134.298889座標: 北緯34度13分26.0秒 東経134度17分56.0秒 / 北緯34.223889度 東経134.298889度 / 34.223889; 134.298889
主祭神 倭迹々日百襲姫命
神体 御陵
社格 式内社(小)
県社
創建 鎮座年月不詳。(伝)奈良時代より前、 本殿再建宝亀年間(770~780年)
本殿の様式 春日造銅板葺
別名 大水主大明神
札所等 さぬき十五社(2番)
例祭 4月18日(春季例大祭・農具市)
10月9日10日(秋季例大祭・御神幸祭)
地図
水主神社の位置(香川県内)
水主神社
水主神社
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水主神社(みずしじんじゃ)は、香川県東かがわ市にある神社である。倭迹々日百襲姫命を祀る。式内社で、旧社格県社讃岐国式内二十四社のひとつ。

主祭神
境内社
  • 孝霊神社 - 孝霊天皇(こうれいてんのう)本殿後方、祭神の父。
  • 国玉神社 - 倭国香姫命(やまとのくにかひめのみこと)本殿右手、祭神の母。
  • 水主三山(熊野三社) 山嶽信仰 増吽僧正が遷宮すると伝えられる。
    • 新宮神社(虎丸山) - 伊邪那美命(いざなみのみこと)
    • 本宮神社(本宮山) - 早玉男命(はやたまおのみこと)
    • 那智神社(那智山) - 事解男命(ことさかおのみこと)
  • 水神社 - 水波女命(みずはのめのみこと)罔象女神、あるいは瀬織津姫とも。


  • 大水寺(開基は不詳) 水主神社別当寺。本尊・阿弥陀如来(円工寺へ)、不動明王、二童子(与田寺へ)、十一面観音(坂手・観音寺へ)。水徳山宝珠院神宮寺を寛文年中に大水寺と改める。最澄、延歴9年(24歳の時)、水主符神社・大水寺に参籠する。空海、境内地に於いて閼伽(あか)井水を堀り、神社に奉献する(現在の閼伽谷の井戸)。江戸末期まで神仏混淆、明治元年3月神仏分離令、明治2年2月25日正式に廃寺となる。

概要

概略

与田川の右岸、大内ダムにほど近い山裾に鎮座する。大水主大明神ともいう。背後の社叢は香川県の自然環境保全地域になっており、境内の「いのり杉」は県の保存木に指定されている。

付近からは縄文時代の石器、弥生・古墳時代の土器が多数発見され山上には姫の御陵といわれる古墳もあり、宝蔵庫には多くの文化財が納められている。社殿はすべて春日造りで統一されており、社領を示す立石は大内・白鳥町内に今も残っている。

社伝によると、祭神である倭迹々日百襲姫は、8歳の時、孝霊天皇の黒田の宮を出られ、うつぼ舟にて、この地に漂着されたという。百襲姫は未来を予知する呪術にすぐれ、日照に苦しむ人々のために雨を降らせ、水源を教え、水路を開き米作りを助けた。神社裏山に御陵がある。

神階[1]
歴史[1]

文化財

重要文化財

  • 木造神像 7躯[注 1]
  • 木造狛犬 一対
  • 雷文螺鈿鞍(らいもんらでんくら)
  • 大般若経 600帖 附:経箱60箱 内底経箱勧進記録等墨書

典拠:2000年(平成12年)までの指定物件については、『国宝・重要文化財大全 別巻』所有者別総合目録・名称総索引・統計資料(毎日新聞社、2000年)による。2001年以降の変化については個別に注記。

香川県指定有形文化財

  • 木造狛犬 一対
  • 木造獅子頭 文安5年奉納

典拠:香川県教育委員会サイト[4]

アクセス

脚注

参考文献

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