水口レイピア
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国内に現存する唯一のレイピアとされており、本作が所在する地域名を冠して水口レイピアと呼ばれている[3][4]。地元には、レイピアは加藤嘉明が豊臣秀吉より拝領したと伝承されており、嘉明を水口藩の祖として祭る藤栄神社に伝来していた[3][4]。ただし、嘉明が南蛮文化に強い好奇心を抱いており、南蛮伝来の鎧兜や槍にまとうビロードを所持したという傍証があるものの、秀吉から嘉明へ伝来したとされる伝承を裏打ちし由来を示す資料は全く残っていない[3][4]。1987年(昭和62年)に水口歴史民俗資料館へ寄託されて以来、同館に保管されている[5][6]。
1951年(昭和26年)には銃砲刀剣類登録を受け、その存在自体は以前から知られていたと考えられるが[6]、来歴にまつわる資料などが存在しないため学術的には注目されていなかった[4]。2013年(平成25年)に水口歴史民俗資料館を訪れた東京文化財研究所広領域研究室長の小林公治が研究の必要性に気づき、甲賀市教育委員会らと研究チームを発足して調査をはじめた[6][4]。
メトロポリタン美術館のキュレーターで同館の武器・鎧部門長を務めるピエール・テルジャニアン[注釈 1]は、柄は日本製であり、刀身もヨーロッパ製ではなく日本か少なくともアジア製であるとの見解を示している[8]。もともとはヨーロッパから伝来したとされてきたが、こうした研究結果から現在では日本の刀工らがヨーロッパのレイピアを模して作った写しと考えられている[9]。
