水島村
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| みずしまむら 水島村 | |
|---|---|
| 廃止日 | 1954年7月20日 |
| 廃止理由 |
新設合併 津沢町、藪波村、水島村 → 砺中町 |
| 現在の自治体 | 小矢部市 |
| 廃止時点のデータ | |
| 国 |
|
| 地方 | 中部地方(北陸地方) |
| 都道府県 | 富山県 |
| 郡 | 西礪波郡 |
| 市町村コード | なし(導入前に廃止) |
| 面積 | 6.97[1] km2. |
| 総人口 |
2,363[2]人 (1938年(昭和13年)末[2]) |
| 隣接自治体 |
若林村、石動町、藪波村、津沢町 東礪波郡鷹栖村 |
| 水島村役場 | |
| 所在地 | 富山県西礪波郡水島村 |
| 座標 | 北緯36度38分29秒 東経136度54分05秒 / 北緯36.64128度 東経136.90142度座標: 北緯36度38分29秒 東経136度54分05秒 / 北緯36.64128度 東経136.90142度 |
| ウィキプロジェクト | |
現在の小矢部市東南部の水島地区で、全域に散居村の風景が広がっている。地区内には小矢部東インターチェンジや小矢部砺波ジャンクションもあり、交通の要衝となっている。
村名の由来は、同村の中心地である水島からとられた[3]。
沿革
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、礪波郡水島村、上後丞(かみごぜ)村、下後丞(しもごぜ、現在の下後亟)村、内御堂(うちおんどう)村、西川原村、西川原新村、胡麻島(ごまじま)村及び経田(きょうでん)村の区域の一部の区域をもって、礪波郡水島村が発足する。
- 1896年(明治29年)3月29日 - 郡制の施行のため、礪波郡が分割して、西礪波郡が発足により、西礪波郡に所属となる。
- 1936年(昭和11年) - 現在の砺波市油田に所在していた野松医院が当村に移築され、村役場に充てられる[4]。
- 1954年(昭和29年)7月20日 - 西礪波郡津沢町、藪波村及び水島村が合併して、西礪波郡砺中町が発足する。旧村役場は水島村公民館を経て、1982年に自動車博物館に移築され『明治記念館』となった[4]。
歴代村長
出典→[5]
- 篠岡貞次(1889年5月16日 - 1911年11月6日)
- 沼田彦左ヱ門(1911年11月7日 - 1915年4月10日)
- 荒木諒坪(1915年4月11日 - 1923年5月5日)
- 沼田布之(1923年5月6日 - 1927年5月16日)
- 篠岡貞次(1927年5月17日 - 1943年2月20日)
- 浦田菊次郎(1943年2月21日 - 1946年5月15日)
- 遠藤忠清(1946年5月16日 - 1946年12月17日)
- 蟹谷佐久(1947年4月5日 - 1951年4月22日)
- 中山政次郎(1951年4月23日 - 1954年7月19日)