水星の衛星
From Wikipedia, the free encyclopedia
「衛星」の正体と原因
1974年のマリナー10号の近接観測の際、観測データよりその存在可能性が検討される事態となった。これはマリナー10号が水星をフライバイする2日前の1974年3月27日、探査機の観測装置は、水星の付近の方向からの多量の紫外線の放射を記録した。天文学者らはそのような紫外線の観測を全く予測していなかった[3]。
翌日になるとその放射は観測されなくなり、3日後にまた復活した。これは、水星とは別の天体から放射されているように見えた[3]。天文学者の中には、恒星を検出しただけだと推測した者もいたが、放射が2カ所から出ていること、このような高いエネルギーの放射は、当時、星間物質の中を長い距離進めないと信じられていたことから[3]、水星の衛星を発見したと主張する者もいた。さらに、天体の速度は4 km/秒と計算され、これは水星の衛星として理論的に予測される速度と合致していた[3]。

しかしすぐに、「衛星」は水星から離れていっていることが分かり、これはコップ座31番星であったことが明らかになった。3月27日に検出された紫外線の源はまだ分かっていないが[3]、コップ座31番星は周期2.9日の分光連星であり、これが紫外線の放射源であった可能性もある[4]。
水星の衛星というのは誤認であったが、紫外線は以前考えられていたように星間物質で完全に吸収される訳ではないと判明したという意味で、天文学上の重要な発見であった。