水祖神社
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位置
北緯36度12分11.2秒 東経133度19分52.0秒 / 北緯36.203111度 東経133.331111度座標: 北緯36度12分11.2秒 東経133度19分52.0秒 / 北緯36.203111度 東経133.331111度
主祭神
罔象女神
| 水祖神社 | |
|---|---|
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拝殿 | |
| 所在地 | 島根県隠岐郡隠岐の島町港町天神原68 |
| 位置 | 北緯36度12分11.2秒 東経133度19分52.0秒 / 北緯36.203111度 東経133.331111度座標: 北緯36度12分11.2秒 東経133度19分52.0秒 / 北緯36.203111度 東経133.331111度 |
| 主祭神 | 罔象女神 |
| 社格等 |
式内社(小) 旧郷社 |
| 創建 | 不詳 |
| 例祭 | 7月26日[1] |
| 地図 | |
歴史
概史
創建は不詳[5]。社殿後背の裏山は古墳であるとも伝える[1][2]。
延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳では隠岐国周吉郡に「水祖神社」の記載があり、当社はこれに比定される[2][3]。『隠州神名帳』にも「従四位 水祖明神」の記載が見えるが、中世期の変遷は不詳[2][3]。
天文22年(1554年)の棟札では「天満大自在天神」とあるほか、正保3年(1646年)・寛文10年(1670年)の棟札でも天満天神を祀る社として記載されている[3]。また、寛文7年(1667年)の『隠州視聴合記』や貞享5年(1688年)の『隠州記』にも天満宮として記載が見える[3]。その後、幕末の『隠岐古記集』に「郷祖神社」と記載があるのを初見として、以後は『延喜式』神名帳の「水祖神社」に比定されるべき旨が諸文献に記されている[3]。
明治維新後、社号を「水祖神社」と定めるとともに、明治5年(1872年)に近代社格制度において郷社に列した[2]。
神階
- 従四位 (『隠岐神名帳』) - 表記は「水祖明神」。
