氷川社 (さいたま市西区指扇)

From Wikipedia, the free encyclopedia

位置 北緯35度54分57.6秒 東経139度34分18.2秒 / 北緯35.916000度 東経139.571722度 / 35.916000; 139.571722座標: 北緯35度54分57.6秒 東経139度34分18.2秒 / 北緯35.916000度 東経139.571722度 / 35.916000; 139.571722
主祭神 須佐之男命
社格 村社
氷川社
所在地 埼玉県さいたま市西区指扇2810
位置 北緯35度54分57.6秒 東経139度34分18.2秒 / 北緯35.916000度 東経139.571722度 / 35.916000; 139.571722座標: 北緯35度54分57.6秒 東経139度34分18.2秒 / 北緯35.916000度 東経139.571722度 / 35.916000; 139.571722
主祭神 須佐之男命
社格 村社
創建 景行天皇の御代(71年 - 130年)?
別名 指扇氷川社、指扇氷川神社[1]
テンプレートを表示

氷川社(ひかわしゃ)は、埼玉県さいたま市西区神社。指扇氷川神社ともいう[1]

景行天皇の御代(71年 - 130年)に創建されたと伝えられる。日本武尊が東征の途上、当地において須佐之男命を祀ったのが起源という。また現存しないが、「延文六年(1361年)」の銘が入った石塔があったということから、少なくとも室町時代初期には既に存在したものと推測される[2]

「神宮寺」が別当寺であった。神宮寺は、もと「神宮司」といい、796年延暦15年)に設置され、885年仁和元年)に「神宮寺」に改称、寺院化した。しかし、弘化年間(1844年 - 1848年)に火災で焼失、そのまま廃寺となった[2]

明治初期、近代社格制度に基づく「村社」に列せられ、1907年(明治40年)の神社合祀により、周辺の8社が合祀された[2]

交通アクセス

脚注

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI