永井建子
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寺子屋を営む永井紐太郎の子として生まれる。
1878年(明治11年)に陸軍軍楽隊幼年軍楽生となる。明治13年(1880年)に首席で卒業し、陸軍教導団軍楽隊に配属される。
1891年(明治24年)、軍楽次長となる。
1894年(明治27年)、第2軍司令部附軍楽隊員として、日清戦争に従軍する。翌明治28年(1895年)には威海衛作戦に参加。従軍体験を元に『雪の進軍』を作る。
1903年(明治36年)、楽長補佐としてフランスへ翌年まで留学。フランスから帰国後、陸軍戸山学校軍楽隊楽長となる。1905年(明治38年)には、日比谷公園音楽堂の初回奏楽で指揮をする。
1909年(明治42年)、陸軍一等楽長(大尉相当官)に任じられる[注釈 1]。
1910年(明治43年)、日英博覧会のため部下35人を引き連れロンドンへ出向く。航海途中半年間上陸した各所でオーケストラを率い3,700曲を演奏した。
1915年(大正4年)、予備役編入となる。その後は、帝国劇場洋楽部部長等を歴任する。
1923年(大正12年)、関東大震災により広島に帰郷。広島市古田町古江(現・西区古江)に居を定める。
1940年(昭和15年)、死去。享年76(満74歳没)。
