永源寺 (坂戸市仲町)
From Wikipedia, the free encyclopedia
位置
北緯35度57分44.4秒 東経139度23分51.0秒 / 北緯35.962333度 東経139.397500度座標: 北緯35度57分44.4秒 東経139度23分51.0秒 / 北緯35.962333度 東経139.397500度
山号
長渓山
宗派
曹洞宗
| 永源寺 | |
|---|---|
|
| |
| 所在地 | 埼玉県坂戸市仲町12-69 |
| 位置 | 北緯35度57分44.4秒 東経139度23分51.0秒 / 北緯35.962333度 東経139.397500度座標: 北緯35度57分44.4秒 東経139度23分51.0秒 / 北緯35.962333度 東経139.397500度 |
| 山号 | 長渓山 |
| 宗派 | 曹洞宗 |
| 本尊 | 釈迦如来 |
| 創建年 | 文禄元年(1592年) |
| 開山 | 大鐘良賀 |
| 開基 | 島田利秀(実質的には子の島田重次) |
| 公式サイト | 曹洞宗 長溪山 永源寺(埼玉県坂戸市) |
| 法人番号 | 8030005010744 |
万治高尾伝説
当寺には「万治高尾」に纏わる伝説がある。万治高尾とは吉原の遊女二代目高尾太夫(以降、「万治高尾」「高尾」とする)のことである[3][2]。
万治高尾は徳川家綱の小姓を務めた島田権三郎利直(以降、「権三郎」とする)と恋仲であったが、そこに仙台藩藩主の伊達綱宗が横恋慕し介入してきた。そして綱宗が高尾の奪取を強行しようとしたため、権三郎は高尾を島田氏の所領の坂戸に匿った。高尾は坂戸で病に倒れ、1660年(万治3年)に亡くなった。当寺にある「月桂円心大姉」の墓が高尾の墓といわれている[3][2]。
高尾の死後、権三郎は出家して「道哲」と名乗り、浅草の西方寺(現在は東京都豊島区に移転)で高尾の菩提を弔う日々を送ったという[3]。
行事
交通アクセス
- 坂戸駅より徒歩9分。