永積安明

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死没 1995年1月1日(1995-01-01)(86歳没)
研究分野 国文学
永積 安明
人物情報
生誕 (1908-02-06) 1908年2月6日
日本の旗 日本山口県下関市
死没 1995年1月1日(1995-01-01)(86歳没)
出身校 東京帝国大学
学問
研究分野 国文学
研究機関 法政大学神戸大学
学位 文学博士
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永積 安明(ながづみ やすあき、1908年2月6日 - 1995年1月1日)は、国文学者神戸大学名誉教授。中世文学専攻。

出生から修学期

1908年、山口県下関市で生まれた[1]東京帝国大学文学部国文学科に進学し、1932年に卒業。

国文学者として

卒業後は、横浜市立商業専門学校講師、法政大学講師を務めた。1954年、神戸大学教授に就任。1961年、学位論文『日本中世文学の成立』を東京大学に提出して文学博士号を取得[2]

沖縄渡航拒否事件

1964年、琉球大学の招聘教授として中世日本文学を講義する予定であったが、4月に「基地安全保障のため」との理由をもとに琉球列島米国民政府によって拒否された[3][4]。4月18日に国語国文学科総会で「永積教授への渡航拒否に関する対策委員会」が設置され(決起集会前後に名称を「永積教授渡航実現対策委員会」と変更)、USCAR民政官のジェラルド・ワーナーと面会し、6月15日開催の「永積教授渡航実現学内総決起大会」で抗議決議文・要請決議文を採択するなど、学生を中心とする活動が展開され、9月1日に渡航拒否が取り消され、10月23日から11月18日までの集中講義が実現した[4]。永積はその後、日本学術会議会員の選挙権、被選挙権を沖縄の学者も持つことができるように尽力した[5]

1971年、神戸大学を退官し、名誉教授となった。その後は清泉女子大学教授として教鞭をとった。1995年に死去。

研究内容・業績

専門は国文学の中でも中世文学。『平家物語』と『太平記』の軍記物語を中心に、民衆史の視点から研究した。

著作

参考文献

脚注

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