永遠の不安

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『永遠の不安』
ウィッシュボーン・アッシュスタジオ・アルバム
リリース
録音 フロリダ州マイアミ クライテリア・スタジオ
ジャンル ハードロックフォークロック
時間
レーベル MCAレコード
プロデュース ビル・シムジク英語版
専門評論家によるレビュー
チャート最高順位
  • 16位(イギリス[1]
  • 28位(ニュージーランド[2]
  • 44位(日本[3]
  • 88位(アメリカ[4]
ウィッシュボーン・アッシュ アルバム 年表
ライヴ・デイト
(1973年)
永遠の不安
(1974年)
限りなき束縛
(1976年)
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永遠の不安』(原題:There's the Rub)は、イギリスロックバンドウィッシュボーン・アッシュ1974年に発表した5作目のスタジオ・アルバム

1974年5月、オリジナル・メンバーのテッド・ターナーがバンドを脱退し、音楽業界から引退したが、テッドは1987年にはバンドに復帰した[5]。そして、バンドはローリー・ワイズフィールド(元ホーム)を後任として迎える[5]。なお、バンドは1973年10月のイギリス・ツアーにおいて、ホームをオープニングアクトに起用していた[6]

B.B.キングジェイムス・ギャングイーグルス等との仕事で知られるビル・シムジク英語版がプロデューサーに起用された[5]。マーティン・ターナーによれば、シムジクは「ウィッシュボーン・アッシュのギターとイーグルスのボーカルがあれば、私は史上最高のヒット・レコードを作れる」と語っており、それが後にイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」に繋がったという[5]

「F.U.B.B.」のタイトルは「Fucked Up Beyond Belief」の略で、本作のリリース後にニュージーランドで行われた屋外コンサートでは、スティーヴ・アプトンが同曲の完全なタイトルをアナウンスし、それを聴いた近所の女性が市長に苦情を申し立て、アプトンが逮捕されるというハプニングがあった[7]

反響・評価

全英アルバムチャートでは5週トップ100入りし、最高16位を記録した[1]。アメリカでは1974年12月21日付のBillboard 200で88位に達し、自身3作目の全米トップ100アルバムとなった[4]。日本盤LP (MCA-6059)は1975年1月20日に発売され、オリコンLPチャートで44位に達した[3]

Bruce Ederはオールミュージックにおいて5点満点中3点を付け「グループは遂に、コンサートと同等にソリッドなスタジオ・サウンドを得た」と評している[8]

収録曲

参加ミュージシャン

脚注・出典

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